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「H2(エイチツー)」あだち充 評価:4点|2人ずつのヒーローとヒロインが織り成す野球と恋愛の青春物語【野球漫画】

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H2
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しかし、比呂という圧倒的な実力を持ったエースを擁する高校がノックアウトトーナメント方式である甲子園で比呂を温存するということは考え難く、いわんや準決勝という大舞台で自分が先発するなど木根は思ってもみなかったはず、と読者は予想するわけですが、ここでついに、あのひねくれ者でお調子者の木根が、いつだってチャンスを伺い、常に努力を続けてきたという描写が挟まり、まず少しだけほろりとさせられます。

普段は比呂と相手チームのエースor4番打者に焦点を当てながら進行する試合描写も、この試合だけは、木根の独白と回想を挟みながら、甲子園という舞台で決してスターではない投手が一つ一つアウトを獲っていく緊張感という、本作でこれまで出現しなかった類の演出が為され、あらためて本作が持つヒューマンドラマの深みをここぞとばかりに見せつけてきます。

当たり前ですが、主人公である比呂がエースピッチャーなわけですから、読者は基本的に比呂の視点から投球というものを見るわけです。

モブ打者を薙ぎ倒しながら名打者との熱い勝負を繰り広げる比呂の投球は、所謂ネームドキャラにしか打たれないだろうという安心感があり、大抵の打者との勝負はほとんど省略されるか、省略されない場合は、比呂の強さを改めて読者に認識させるための無双シーンばかりになっております。

一方、木根は謂わば「一般人代表」なのであって、普通の高校であればエースであり、どんな高校だろうと主力選手だけれど、さりとてプロ野球選手になれるわけではないという程度の実力なのです。

そんな木根が、彼なりの覚悟を持って、その努力の結晶を一球入魂で投げ込んでいる。

けれども、どんなに全力で投げても、モブ打者に打たれる描写があっても「自然」だと思えてしまう。

相手打線だって甲子園準決勝まで辿り着く実力があるがあるわけで、ボロボロに炎上してしまうかもしれない。

それでも、木根に勝って欲しい、木根に高校生活で一度だけでも主人公になって欲しい。

漫画なんてその後の展開は決まっているはずなのに、まるで現実の野球の試合を生で観戦しているような、それも、なぜだか自分がよく知っている人たちの渾身の試合を見ているような、そんな錯覚にとらわれてしまう名試合でした。

本作のファンの中でも、「H2」で最高の名場面を挙げろと言われれば、この甲子園準決勝に勝利した瞬間の、あのコマであると主張して憚らない人も多いでしょう。

そして、最終試合である甲子園決勝。

比呂と英雄の直接対決はもちろん手に汗握る名勝負であり、準決勝といい決勝といい、このあたりはもう、読んでいるこちらが息切れしそうになってしまうほどの面白さです。

(なお、準決勝で比呂を温存する点の現実性ですが。もしかしたら比呂が言い出したのかも、と思いますね。全力で明和第一高校戦(=英雄との対決)に挑めないならば、決勝戦敗退でも準決勝敗退でも同じだと。比呂はチームプレーを温存し、仲間を大切にする性格ですが、ここだけは譲れなかったのかもしれません。もしくは、チームメイト引いては監督が比呂のそういった想いを察したのかもしれません。そんな妄想が捗る作品です)

さて、野球という側面の魅力を伝えるだけでこれほど長くなってしまいましたが、続いては恋愛面について述べていきます。

本作には二人のヒロイン、雨宮あまみやひかりと古賀こが春華はるかが登場します。

このうち、物語の起点となっているのが雨宮ひかりです。

比呂と英雄、ひかりは同級生の幼馴染で、小さい頃から近所づきあいも深く、家族ぐるみで仲が良いという設定になっております。

そして、物語開始時点では英雄とひかりが付き合っていて、比呂も一応、その仲を認めています。

この状況には三人の過去が関わっており、英雄とひかりは身体的にも精神的にも早熟で、二人が付き合いだした中学一年生のときには「美男美女カップル」と呼んで過言ではない容姿や振る舞いを持っていた一方、比呂はちんちくりんの腕白坊主だった期間が長かったのです。

しかし、中学三年間を通して比呂の身長もぐんと伸び、英雄と比肩されるくらいのスポーツマンへと成長し、ひかりにとっても「男性」として意識できる存在になってしまう。

そして比呂のほうはというと、そうです、比呂はむかしからずっとひかりのことが好きなのです。

本作は単なる野球ドラマではありません。

「後から来た男」である比呂が、ひかりにとって相応しい自分であることを見せつける物語、自分にとって雲の上の存在だった英雄と同等、あるいはそれ以上の男なのだということをひかりに示すという、一風変わった恋愛物語でもあるのです。

もちろん、英雄とひかりが付き合っているという事実がある手前、比呂は自分のそんな想いを公言したりはしません。

というよりも、比呂がひかりに執着するのは、それは恋しているからというよりも、憧れのお姉さん的な存在だった幼馴染への恋心に踏ん切りをつけるための、そんな動機からの行動であるように描かれます。

恐らくですが、身体的そして精神的に成長し、これまで上に見ていた英雄と比肩されるようになってきて、比呂にとって世界の見え方も変わってきたのでしょう。

もう「憧れのお姉さん」ではなくなった、自分よりも背が低いひかり。

けれども、もうあの頃の純粋な恋心を持っていないからといって、あっさり引き下がったのでは、あの頃の自分が許さないだろう。

自分だけがチビで幼かったころ、英雄もひかりも比呂にとって憧れで、憧れだったから好きだった。

だから、英雄よりも身体的(野球)にも精神的にも強くなったところを英雄とひかりに見せて、もうあなたたちを見上げてる自分じゃないのだと、いま自分の感情というのは、二人に憧れているから二人のことが好きなのではなく、対等な立場からの友情を感じているのだと、そう自分に納得させるため、比呂は英雄に(ひかりにも)対抗心を燃やしているのではないでしょうか。

「後から来た男」だった比呂の「こころ」が英雄とひかりを追い越す物語といってもよいでしょう。

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