この差は「条件付け」の強度の違い、ヘンリエッタは緩く、リコはきつく「条件付け」されているからと作中では描写されます。
ジョゼとジャンは兄弟で、ジョゼが弟、ジャンが兄なのですが、第1話の「優しい」ジョゼとは対照的な性格の持ち主として描かれるジャンの言動がポイント。
いったい、何がこれほどまでにジャンをテロリスト殲滅に駆り立てるのか、それが後に繋がる謎として残されます。
平気な顔で殺人を行いながら、朝の静謐な空気に幸福を感じるリコの表情に沈痛な感情を抱いてしまうこと間違いなしの話です。
第3話のタイトルは「THE SNOW WHITE」、「白雪姫」という意味です。
三人の義体の中では精神年齢が高く「お姉さん」的な存在のトリエラと、その担当官であるヴィクトル・ヒルシャーの紹介ストーリーとなっております。
ジョゼに対して無分別な愛情を抱いているヘンリエッタや、ジャンの道具として忠誠心を示すだけのリコとが違い、ヘンリエッタはヒルシャーにある程度の好意を感じながらも、それは「条件付け」の効果であるとも自覚しています。
頭が切れて理知的なトリエラとヒルシャーの会話は反抗期の娘とそれを扱いづらく感じている父親のそれであり、思春期に必要な、家庭外の場所で自分にとっての「大人」になってくれる存在をトリエラは求めている。
そんな雰囲気を感じさせるところから物語は始まります。
そんな折に登場するのが、マリオ・ポッシという男。
元々はマフィアの人間なのですが、マフィア稼業からは足を洗っており、だからこそマフィアに命を狙われている人物。
そんなマリオは政府がマフィアを相手取った裁判における政府側の重要参考人であり、トリエラは彼を保護しなければならないのです。
任務の上ではトリエラがマリオを保護する側ですが、人生の酸いも甘いも知るマリオこそがまるでトリエラの保護者そのもの。
良い塩梅の露悪性を持つ「叔父」のような形でトリエラの心を掻き乱し、それを通じてトリエラを少女から女性へと成長させていくのです。
マリオとその周辺人物がトリエラを大人ににしていく物語は最終盤まで続く本作の一大エピソードであり、その端緒となる話として、最初の2話よりもさらにビターなエピソードに仕上がっています。
さながら海外文学のような、一筋縄ではいかない余韻を残す話だと感じました。
そして第4話と第5話が「エルザ・デ・シーカの死 前後編」です。
私用で外出中に変死を遂げた義体と担当官。
他殺以外にあり得ないが、犯人の痕跡は全くない、というミステリ仕立てのエピソードです。
社会福祉公社が捜査に乗り出すものの真相は分からないまま。
事件が暗礁に乗りかけ、公社の捜査官たちさえ諦めたそのとき、情緒の幼いヘンリエッタがその真相を解き明かすというどんでん返しな展開が実に面白い。
といっても、その真相はとても「面白い」ものではありません。
エルザが担当官であるラウーロを殺し、そして自殺したというのです。
「条件付け」によってラウーロに惚れ込んでいたエルザ、しかし、ラウーロは仕事以外では彼女に取り合わない。
「もしも誰かを好きで好きでしょうがなくなって、それでも永遠に満たされないとわかってしまったら」
ヘンリエッタの沈痛な台詞が胸に迫ります。
最新の精神医学の粋である「条件付け」の技術はまだまだ未熟であり、「忠誠」ではなく「愛情」で縛る緩い「条件付け」の弱点が露呈した結果、というわけです。
「ここまで想われたら相手するのも大変だ...普通の神経じゃつとまらんね」
「いつも彼女の尊敬に値する人間でいなきゃいけない、でも、それくらいはしてやらないとな」
公社の捜査官が問いかけ、ジョゼがそう返事をする。
この「間合い」に見える文学性こそが本作の魅力でしょう。
本作が単なるテロリストV.S.政府のガンアクションバトル漫画でもなければ、低俗な愛憎サスペンス漫画でもない、もっと高い次元にあることを示す象徴的なエピソードで、私はこの話をきっかけに本作へとのめりこんでいきました。
素敵な文学作品を読んだような感覚さえ覚える名作ですので、是非、ご一読をお勧めいたします。
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