「ミッションちゃんの冒険」というweb漫画で有名になり、現在は「金魚王国の崩壊」などのweb漫画を連載するサークル、模造クリスタルの商業化作品。
「金魚王国の崩壊」のファンなので手に取ってみたのですが、そこそこ良かったというのが総評です。
魔術師ギルド解散後というファンタジー設定で世界観全体を包みながら、「自分らしさ」「居場所」「関係性」といった現代的なテーマを暗に示した物語が展開されるのが面白い点です。
模造クリスタルの特徴である独特のテンポや不思議な世界観を楽しめるのであれば買ってみてもよいのではないでしょうか。
あらすじ
危険な魔術書の研究により魔術師ギルドがテロ組織として認定され、科学技術集団である騎士団によって多くの魔術師が逮捕・処刑された。
魔術師ギルドは解散を余儀なくされ、離散した魔術師たちも危険人物として追われている。
そんな中、魔術師の生き残りであるスペクトラルウィザードは孤独な日々を過ごしていた。
身体を「ゴースト化」する魔術により騎士団からの逃亡はたやすいものの、指名手配されている手前、孤独を言葉でしか知らなかった頃の生活には戻れない。
そんなある日、魔導書のコピーが見つかったという話を耳にしたスペクトラルウィザード。
かつての充実していた自分の生活を取り戻すべく、騎士団のアジトに乗り込むスペクトラルウィザードだったが.......。
第1編:スペクトラルウィザード
元々は同人誌として出版されていた作品で、2014年、2015年、2016年に発売された3篇に加えて、書き下ろしの短編2作品を追加して商業出版されたのがこの「スペクトラルウィザード」という単行本です。
本記事ではメインとなる3篇の感想を順に書いていきたいと思います。
第1篇の「スペクトラルウィザード」は表題作です。
主人公であるスペクトラルウィザードは魔術師ギルドの解散後も生き残っている敏腕魔術師の一人なのですが、魔術師ギルドという居場所、そして仲間の魔術師たちを失ってしまったことから気力を失い、物語冒頭では孤独で怠惰な生活を送っています。
そんなスペクトラルウィザードは仇敵であるはずの騎士団と繋がりを持っており、スペクトラルウィザードを監視する任務を担っている騎士団所属のミサキちゃんとはしばしば電話したり直接会ったりする仲になっているのです。
というのも、スペクトラルウィザードが使う魔法は自らを「影」にすることであらゆる攻撃をすり抜けさせるといういわば無敵の魔法。騎士団もそんなスペクトラルウィザードに手出しをすることができず、スペクトラルウィザード自身にも攻撃性がないことから、馴れ合いのような関係が形成されています。
しかし、古の魔導書「長い大きい影の記憶」のコピーデータが見つかり、それを騎士団が保管したことで物語は動き出します。地球を滅ぼすことができるくらい強力な魔導書なのですが、当初、スペクトラルウィザードはそれに興味を抱きません。
そして、興味を抱かない自分自身に失望するのです。
魔術師ギルドにいた頃であれば意地でも奪って魔法の研究に使ったはずなのに、いまやそれを実行する情熱を失っている。
「あの頃に戻りたい……まだ元気だったあの頃に……孤独を言葉でしか知らなかったあの頃に……」
自分自身の精神的な絶望状態を悟ったスペクトラルウィザードは、自分自身というものを取り戻すために魔導書のコピーデータを奪いに行きます。
しかし、奪取は無事成功するのですが、騎士団はその間にスペクトラルウィザードの自宅からお気に入りの人形を奪っていたのです。
魔導書と人形の交換を迫る騎士団。スペクトラルウィザードは交渉に応じます。
「今の私には魔導書よりあいつの方が大事なんだ」
スペクトラルウィザードの口からはそんな言葉が零れます。
こうして第1篇は終わるのですが、なかなか現代社会への含蓄に富んだ話ですよね。気力や情熱を失い、自分が何に熱中できるのか分からなくなっている人って多いと思います。
スペクトラルウィザードもそんな人物であり、かつての情熱的な自分を取り戻そうと魔術書強盗という極端な行動に出るのです。現代風に言えば「自分探しの旅」と称して突飛な行動をしてしまうことに近いのかもしれません。
しかし、スペクトラルウィザードがその行為を通じて満足を得ることはできません。それどころか、「いまは(唯一の友達である)人形の方が大事」という空しい結論を自分の中に見つけてしまいます。
おそらく、スペクトラルウィザード自身が自分自身を誤解しているのでしょう。
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