1. 中国経済講義
前稿である「第4章・第5章」の続きです。前稿はこちら。
2. 目次
序章 中国の経済統計は信頼できるか
第1章 金融リスクを乗り越えられるか
第2章 不動産バブルを止められるか
第3章 経済格差のゆくえ
第4章 農民工はどこへ行くのか
第5章 国有企業改革のゆくえ
第6章 共産党体制での成長は持続可能か
終章 国際社会のなかの中国と日中経済関係
本記事で感想を述べるのは第6章と終章です。
第6章 共産党体制での成長は持続可能か
大きく出たなぁというタイトルですが、中国崩壊論の極北はここに辿り着きますよね。とにかく、共産党独裁体制が持続するはずもなく、崩壊時のカタストロフィに中国経済は耐えられない、という理論です。
本書でも、「財産権保護」や「法の支配」に欠けていること、「政府による説明責任なき市場介入」などを理由に主流派の経済学者は持続不可能だとする見解をとっていることが冒頭で挙げられます。
そういった社会経済体制では、例えば特許などが適切に保護されなかったり、相互信頼の欠如から取引が滞ったりする恐れがあり、それが経済発展やイノベーションを阻害する、というのが経済学における王道の考え方なのです。
しかし、それにも関わらず中国のハイテク産業は勃興し、米国と覇権争いを繰り広げるまでに発展してきました。
その要因として、本書ではハイテク産業の集積地である深圳を例にとり、3つのタイプの中国企業が相互に良い影響を与え合う図式を紹介しています。
3つのタイプとはそれぞれ、「プレモダン層」「モダン層」「ポストモダン層」になります。「プレモダン層」は少し前の中国を批難する際によく使われた、とにかく特許などを無視して外国製品を際限なく模倣するタイプの企業。「モダン層」はファーウェイなどに代表される、特許取得によって自社技術を囲い込み収益の源にする企業。「ポストモダン層」は自らの技術を積極的に開放し、様々な人や企業を関わらせることでオープン・イノベーションを狙う企業です。
プレモダン層は基本的に低技術パクリ企業の集まりですが、だからこそ極めて参入障壁が低く、 有象無象が跋扈しております。そんな中ではプレモダン層同士の取引やプレモダン層と普通の企業の取引は信頼の欠如により上手くまとまらず、高コストになってしまいます。
そんなプレモダン層の情報を集め、まともな企業を選別して高度な技術やアイデアを持った人々・企業を仲介するのがポストモダン層というわけです。ポストモダン層を通すことで、起業家や高付加価値企業たちは自らが欲する断片的な部品や技術を安価かつ安全にプレモダン層から入手でき、プレモダン層もBtoBプラットフォーム上の信頼を獲得するために努力します。「ここの汎用的部品が欲しいんだけど、どのメーカーがいい?」という疑問をポストモダン層に投げるだけで、良質安価なプレモダン層が紹介されてくるわけです。
また、モダン層は一般消費者とプレモダン層をネット通販のプラットフォームによって繋いでいます。中国の安かろう悪かろうパクリ製品を一般市民が購入できるのはこの通販プラットフォームによるところが大きいわけです。モダン層は自社の技術やノウハウは囲い込みながらも、プレモダン層が熾烈な競争の末につくりだす商品を受け入れることで自社のサービスの価値を上げています。
加えて、こういったモダン層やポストモダン層はプレモダン層のパクリ先ともなり、三者に適切な競争と協調があることこそ、深圳の発展の源になっていると本書では分析しています。
更には、テンセントやアリババが提供するプラットフォームにおける「信用格付け」も中国経済の弱点を上手く補っていることが指摘されています。 ECプラットフォーム上で企業や消費者同士が取引の円滑さについて評価を相互評価を行い、それがそのプラットフォーム上での「信頼」となっていくというシステムです。
メルカリ等でも同じシステムが導入されているため斬新には見えないかもしれませんが、「財産権保護」や「法の支配」がとりわけ脆弱な中国において、「こいつはまともそうか」を見極めるのは重要なことになっています。違法行為や背信行為を後から告発しても法的に真っ当な解決を得られるとは限らないからです。そして、中国政府もこういった信用格付けシステムの興隆を歓迎し、積極的に活用していくところに共産党の経済に対する姿勢の妙味があるのでしょう。法の整備や執行が杜撰でも、そこから自然発生する「自生的秩序」を躊躇いなく追認していく姿勢を政府が堅持していれば市場に混乱は起こらないというわけです。「政府統治への裏切りだ」とか言って弾圧しないところにこれまでの独裁政権とは異なる側面があるというわけです。
個人的な感想としましては、こういった深圳エコシステムや中国的経済秩序はまさに共産党政権下の中国国内だからこそ可能なのであり、普遍的なシステムとして世界に輸出することが困難なところに中国の弱点はある気がします。欧米式の方法は法律であれ会計であれその普遍性により大小様々な国家を巻き込んでグローバルスタンダードを形成していますが。中国がこれに対抗できているように見えるのはまさに国内市場が「大」ならぬ「巨大」だからという説明が適切でしょう。今後、中産階級の増加が頭打ちになり、少子高齢化もいっそう進んでいくなかで、中国が「外」の市場とどう折り合いをつけていくかに注目しています。
終章 国際社会のなかの中国と日中経済関係
結びの終章では、中国経済のこれからが日本との経済関係の中で論じられます。
特にこの2018年度に米中貿易摩擦が深刻化し、それに伴う中国市場の減速が日本の部品・機械産業を直撃しています。日本電産やパナソニックなど、業績見通しを下方修正した企業も少なくないですよね。いまや日本企業は中国市場に多くを依存しているといっても過言ではありません。
本書ではその関係がEUや米国、ASEANをも巻き込んだ図を使って示されます。いまや日本企業は中国企業(家電メーカーなど)の部品・機械供給地であり、中国国内はもちろん、中国の最終製品製造企業のEUや米国における売り上げが日本企業の生命線を握っていることが分かります。
インターネット上では未だに「中国企業も日本の部品・機械なしには何も作れないのだから日本が手綱を握っているようなものだ」という言説がちらほら聞こえますが、個人的にはこれが単なる過渡期なのではないかと危惧しています。リーマンショックあたりまでは日本企業が部品や機械のような中間財から家電のような最終製品まで全てを手掛けていました。しかしその後、三洋電機やSHARPなど、最終製品に強みのあった企業が次々と倒れていきます。その陰にはシャオミやハイセンスなど中国企業の躍進があったことは明白です。そして、「最終製品といえば日本」だった時代は終わり、「最終製品といえば中国」となってチャイナブランドが世界を席巻しているのが現実です。
となると、次は「部品・機械」なのではないでしょうか。「最終製品」を制し、「IT・ハイテク」も興隆してきたとなると、中国が力を入れる最後の産業群はこの分野になるはずです。中国政府としても、「部品・機械」で他国頼みの状況を打破したい思いはあるでしょう。日本の立場からすると、「最終製品」では一挙に追いつかれ、「IT・ハイテク」では先にスタートを切られてもはや背中すら見えません。いまから「部品・機械」に中国が力を入れ始めたら、と思うとぞっとします。
実際、深圳では多種多様な「モノづくり」企業が次々と誕生し、その中には日本人が創設者である企業も多数存在しています。優秀で熱意ある起業家が惹きつけられているわけです。確かに、中国は「財産権保護」や「法の支配」に明確な欠如が見られるかもしれませんし、「政府による理不尽な市場への介入」も堂々と行われます。しかし、日本も他国のことを言っていられるでしょうか。もちろん、建前としては「財産権保護」や「法の支配」を行われることになっておりますが、行政にそれを貫徹する力が備わっているでしょうか。知的財産や行政の専門家が不足している(そもそも「専門家」を雇わない・育てないシステムなので当然ですが)ことは往々にして指摘され、理念と法律だけがあって末端市場での実効性に欠けているということはないでしょうか。「政府による理不尽な市場への介入」 は、共産党ほど露骨でないにしても、有形無形に過度な形で行われているのではないでしょか。 「財産権保護」や「法の支配」の欠如、「政府による理不尽な市場への介入」度合いは、実体として、中国よりもマシだと本当に言えるのでしょうか。中産階級が大量出現し、少子高齢化問題などに直面していてもなお起業家が大量に国内外から出現する中国と、起業家不足に喘ぐ日本。もし、中国が本当に「ダメな制度」を持っているのなら、起業家はなぜ中国の方に惹きつけられるのでしょうか。日本で形成される閉塞的で奇妙な「雰囲気」は、共産党の支配よりも私たちを悪い意味で支配しているのではないでしょうか。
また、本章では、AIIBや一帯一路など、中国による経済的対外進出についても頁が割かれています。「中国による覇権主義」という見方がなされることが多く、そういった側面もあるのかもしれませんが、本書では「金融・為替システムの安定」や「過剰供給力の解消」という見方が為されます。中国は元-ドル相場をある程度固定してるため、例えばアメリカが金融緩和に動けば中国も金融緩和せざるを得ません。元を発行しつつ外貨を買うわけです。そうなると、大量に積み上がった外貨準備が手元で腐ることになり、腐らせたままさらに外貨を買うという愚行を犯すことになります。そこで、AIIBの設立や一帯一路による投資で外貨を投資に使って収益を挙げるシステムを構築するわけです。加えて、第2章で紹介した固定資産への過剰投資がもたらした供給過剰・需要過少の状況を改善する狙いもあるとのこと。外国のインフラ整備に中国企業を噛ませることで国内の稼働していない固定資産を使ったり、中国人労働者に仕事を与えるわけです。日本も長らく需要不足が唱えられていますが、もっとプレゼンスが強かった時代にこのような施策を打てなかったことが悔やまれます。とはいえ、現状としては西側諸国と中国とを天秤にかけながら、両者の推しシステムの良いとこ取り的な乗っかり方をしていくしかないのではないでしょうか。ADBにもAIIBにも参画し、欧米やASEANとの自由貿易協定を結びつつ一帯一路にも参入していく。覇権国家以外の国家、三番手以下の国家の立ち振る舞いを覚えなければならない時期に入っている、というより、その時期はとっくに過ぎているので、急いで学ばなければなりません。
結論
冒頭にも記しましたが、中国経済の課題と現状をそつなく書いていると思います。概ね「予想通り」という内容でしたが、やはり数字による緻密な分析や、様々な論文の引用から得られる情報などは学者さんの著述ならでは。斬新さはありませんが、「中国経済紹介ハンドブック」としての価値はあります。
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