小説 「容疑者Xの献身」 東野圭吾 星2つ

容疑者Xの献身
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1. 容疑者Xの献身

ミリオンセラーを連発し、ドラマ化・映画化作品も多数。受賞した文学賞も数知れずという現代の大人気大衆小説家、東野圭吾さんの作品で、彼の代表作だと言ってもよいでしょう。直木賞を獲得したほか、国内の主要なミステリ賞を五つ受賞。発行部数は驚異の1000万部を誇ります。

さて、そんな世間的評価の高い作品なのですが、個人的にはありきたりで普通の作品に思われました。ミステリーのトリックは凄いといえば凄いのですが、そういったトリックの精巧さよりも人物の心理描写や脚本に重きを置く性格だからかもしれません。やや感情移入しづらい登場人物たちと、あざとすぎる「劇的」な展開には少し興醒めで、著しく悪い点はないものの、かといって凡庸の域を出ない作品だと感じます。

2. あらすじ

小さなアパートに暮らす花岡靖子・美里母娘。平穏な日常を送っていた二人だったが、元夫である富樫慎二がこのアパートにやって来たことから彼女たちの運命は大きくねじ曲がっていく。ストーカーのように纏わりつく富樫に二人は辟易しており、二人はついに、富樫を殺してしまうに至るのだった。

そんな花岡母娘に救いの手を差し伸べたのが、アパートの隣室に住み、毎日、靖子の勤める弁当屋に弁当を買いに来る人物、石神哲哉。いまは高校教師をしている彼だが、夢破れた天才数学者という顔も持ち合わせている。

「私の論理的思考に任せてください」

犯行を知っているはずなのに、なぜか二人を庇って反抗の隠蔽に協力すると申し出る石神。花岡母娘は成行上、彼の助言に身を任せるのだが......。

3. 感想

まず、序盤の展開がやや無理矢理なんですよね。富樫殺しも美里が突然に花瓶を富樫の頭に打ち付けるところから始まるのですが、この流れがあまりに唐突で呆気にとられます。中学生の美里が後先考えずに(殺せば逮捕されることくらい分かるはずです)殺人を行おうとする動機がやや不十分で、物語への没入が阻害されました。

そして、なぜかバッチリなタイミングで電話をかけてくる石神。花岡家の電話番号を知っているのも不自然ですし、隣室で殺人が起こったということをすぐに感知できていることも無理があります。さらに、この石神の助けを易々と受け入れてしまう花岡母娘の心情もちょっと不自然で、その不自然さを補うためにあるはずの文章表現もあまりに淡々としており、なかなか感情移入できません。

犯行が行われ、石神が隠蔽工作を準備すると、ミステリーのお決まりとして刑事たちが動き出すわけですが、この刑事たちも個性や感情の抜けた人形のような役回りを負う人物ばかりで、それだけにテンポは良いのですが、物語があまりにも薄味なんですよね。優れた説明文を呼んでいるような感覚で、大きな感情の動きが読者にもたらされません。

本作の探偵役は刑事たちと親交のある湯川という物理学者で、最後は湯川の名推理によって事件の真相が暴かれます。もちろん、トリック自体は手が込んでいて面白さも感じられるのですが、やはり「ただパズルが解けただけ」以上の感動はありません。もちろん、「ただパズルを解くだけ」の快感を重視しない人間がミステリーを読むとこんな感想になってしまいがちなのかもしれませんが。

さて、推理のタネとして「石神の花岡母娘に対する純粋な想い」があり、最終盤では石神の家から隣室の声を聴くための盗聴器が見つかったりします。なんとなくですが、この盗聴器が偽装工作の一環として事件後に取り付けられたと明言しないところに本作のミソがある気がします。石神は本当に花岡母娘にとってのストーカーのような男で、毎日のように花岡母娘の日常を盗聴していて、だからこそ殺人に気づけた......のではないでしょうか。

そう思うと、本作が醸し出している「純粋な想いの悲劇的な結実」というテーマもなかなか上っ面なもので、彼もまた富樫と変わらない人間だった、という結論の方がすっきりするのかもしれません。作中でも、トリックに関わることなのでここでは明かしませんが、なかなか非倫理的なことを平然とやってのけているので。

4. 結論

読んでいてつまらなくはありませんが、決して大きな感動を得られる作品ではないと思います。淡々とした筆致ですらすらと読ませる反面、その行き過ぎが感情移入を妨げています。もう少し各人物の心理を掘り下げたり、殺人の起こる序盤や推理が披露される終盤以外、つまり、中盤に劇的な展開を持ってこれたら面白いのではと感じました。

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