1. 王立宇宙軍 オネアミスの翼
「ふしぎの海のナディア」や「新世紀エヴァンゲリオン」で知られるアニメ制作会社、ガイナックスが最初に制作した作品。というより、ガイナックス自体が本作の制作を目的に立ち上げられたのですが、本作により莫大な借金を背負ってしまったことからその返済のために経営を続けることになったというのが事の顛末。上述した2作品も禍を転じて福と為す形で生まれたと思うと感慨深いですね。キャラクターデザイン:貞本義行、作画監督:庵野秀明、美術監督:小倉宏昌、音楽監督:坂本龍一と後のレジェンド達が一つの作品に結集しているということも1987年という年代の為せた業でしょう。
評価としては「『良い』未満にはなり得ない作品だが、」というあたり。生き方に惑う青年が馬鹿にされながらも宇宙を目指すという王道のストーリーながら、下手に主人公に媚びるようなヒロインや取り巻きを出していないのがいいですね。日常を普通に過ごしていると近視眼的な享楽を求めがちなところ、ただ漫然と生きていてよいのかということに主人公が気づき、たとえ無為なことに思えても人生というものに情熱を燃やし始める。そこは上手く描かれているといえるでしょう。ただ、物語を推進させていくエンジンはその一つだけ。あっと驚かせるような場面運びや心にじんとくるような展開はあまりなく、中盤以降、小さく光るシーンがいくつかあった他はあまりにも淡々としてしまった印象です。
2. あらすじ
主人公、シロツグ・ラーダットが所属するのはオネアミス王国の王立宇宙軍。かつては水軍のパイロットを目指していたシロツグだったが、その夢は叶わず宇宙軍で怠惰な日々を送っている。なにしろ、宇宙軍はロケットの打ち上げにさえ成功したことのないお荷物軍隊。宇宙進出という夢物語を、国民はもちろん宇宙軍のメンバーさえ心から信じてはいなかった。
ある日、シロツグは街でビラ配りをするリイクニという少女と出会う。国家は戦争に明け暮れ、人々は歓楽街で下卑た欲望を満たす。そんな社会を少しでも正常な方向に導こうと、彼女は神の教えを熱心に布教していたのだ。
日々に空しさを感じていたシロツグはビラの住所を手掛かりに彼女の家へと向かう。拾い子と二人で郊外の小さな家に住んでいるリイクニ。あまりに敬虔な彼女の振る舞いにシロツグは戸惑うものの、戦争をしない軍隊に所属していることを褒められたシロツグは思わず発奮する。普段は蔑まれている宇宙軍を称えたリイクニ。そんな彼女の気持ちに応え、シロツグは人類初の宇宙飛行士として飛び立つことを誓うのだったが......。
3. 感想
この映画を2018年に観て思うのは作画の古さではないでしょうか。ただ、こういう絵柄好きなんですよね。90年代は線がふにゃふにゃすぎて気持ち悪いですし、00年代以降は美少女動物園化が激しく、一部の深夜アニメだけでなく朝や夕方に放送されている作品、そしてアニメ映画などにも進出してきていてげんなりします。80年代がリアルな人間をアニメという技法なりに捉えようとしていた最後の時代なのでしょう。もちろん、メインストリームの話をしているのであって、個別の例外が奮闘していることは否定しません。
声優陣も(主人公の声はちょっと特徴的ですが次第に慣れます)突飛な声をあげるようなことはせず、やはり「人間の喋り方」をしようとしているところが好印象で、最近のアニメに慣れきった人、最近のアニメから入った人にこそ観て欲しいと感じます。ジブリともまた違っていて、アニメに対して違う視点を自分の中に持つきっかけになってくれるはずです。
そして肝心のストーリー。街で配られている宗教の宣伝ビラに魅入られてしまう、という表現で主人公の悩みの深さを示すのは良いですね。説明口調の台詞やナレーションを畳みかけられるとげんなりしますが、こういったさりげないやり方をされると惹きこまれていくのが人間というものです。信仰心が篤く、最後まで心を開かないヒロインというのも妙味があります。シロツグの宇宙飛行挑戦は専らこの少女の気を引くために始まるのですが、少女の連れない態度や置かれている過酷な状況を見て、却って自分の人生を満ち足りたものにするためという方向に転換していくのが本作のなかなか斬新なところなのではないでしょうか。宇宙軍のような道楽軍隊がある一方で不正や貧困といった社会問題が蔓延っている描写があり、主人公は社会に何の貢献もできていないことにうんざりし始めるのですが、当初、主人公にとって一人の女性であったはずのリイクニが次第に多くの可哀想な人の一人としか認識されていかなくなる過程が好きですね。だからこそ、かつての感覚を取り戻そうとしてリイクニを襲おうとしたのではないでしょうか。熱をあげていたあの娘さえ空しいものとなり、ただ宇宙への憧れだけが怪しい情熱となっていく。主人公がヒロインを「通過していく」物語ともいえるでしょう。ただ、「主人公にとって何もかもが空しくなっていき、虚無の心で宇宙を目指すようになっていく」というのは斬新な物語ではあっても心躍るものではなく、静かすぎるうえ伏線の活用などもない話なので中盤~終盤の直前くらいまではやや飽きを感じます。絶体絶命の状況でシロツグが発射を強行させるところも、「この物語ならそうだろうなぁ」という展開であり、「物語」に慣れた人々にとって特別なものではないでしょう。あそこで「じゃあやめよう」なんて言う主人公なんているはずないのですから。リイクニに会うあたりが、盛り上がりという意味では最高潮かもしれません。
とはいえ、絵柄や声のところでも言及したように、細部には昔ながらの良さがあります。ロケットを作るのは天才美少女ではなく熱意ある老人たちですし、資金を調達して計画を前に進めるのは情熱と狸腹を持った老将軍。宇宙軍の仲間たちも空回りともいえる熱さを持った主人公を過大に持ち上げたりもせず、かといって蔑んだりもせず、「それぞれの人生」の範囲で主人公と関わり合います。「職場」のリアリティがそこにはあって、この「宇宙軍」という突飛な組織を中心にした物語を我々の身近に引き寄せています。うんざりするほど奇怪な人物を投入せずに物語を進める、21世紀から振り返ったとき、その点にこの作品の技巧があるといえるでしょう。
4. 結論
きらりと光る要素は散りばめられているものの、統合に失敗しているため散漫になっていると感じました。こうやって驚かそう、こうやって感動させよう、という狙いがあまり感じられないのが難点ですね。静かな感動というものはただ淡々とさせるだけでは生まれません。静謐を操る技術が求められるのです。
悪くはない作品で、普通以上ではあります。アニメ界の第一線を現在において支えている面子の共同作品というプレミアムはありますので、他の星3つ作品とは差別化されています。ガイナックス創生期の息遣いを感じたいのならば是非といったところでしょうか。
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