1. 教育行政と学校経営
放送大学の教科書ですが、一般的な解説書としても名著です。
戦後日本の教育に関わる問題につき、簡潔で要点を落とさず記されており、教育政策入門のために網羅的知識を身に着けるにはうってつけでしょう。
2. 目次
放送大学1期15回の授業に合わせ、
本書は以下の15章から成っています。
1. 戦後教育行政と学校経営の展開
2. 国の教育行政機関と教育政策過程
3. 国と地方の教育行財政制度
4. 国の予算と教育
5. 教育行政の独立性:教育委員会
6. 教育課程行政と新学力育成の課題
7. 教員の給与と勤務
8. 教育費問題と教育の機会均等保障
9. 学校経営をめぐる政策動向
10. 学校の組織と文化
11. 学校におけるリーダーシップ
12. 学校評価と学校改善
13. 学校の財務管理
14. 教員の評価と職能成長
15. 学校のガバナンスと経営
第1章 戦後教育行政と学校経営の展開
終戦直後の非常に分権的で自主的な学校運営が志向された時期から、国の関与が徐々に強まり、集権的で学力重視の学校が形成されていく過程、そこからつめこみ教育や学校荒廃等が問題になって、ゆとり教育へと舵を切られていく様子、そして、近年の取り組みである新学力の養成や学力格差問題対策まで、教育行政の流れが一通り、かいつまんで記述されています。
問題(理由)→政策実施→結果(=問題・理由)という流れが淀みなく書かれており、本書で述べられることの全体像を把握できます。
第2章 国の教育行政機関と教育課程政策
教育関係の政策形成過程を解説する章です。政治家と官僚の力関係や、自民党の党内組織における検討過程、選挙制度改革の影響など、政治過程論からの引用が多く、筋道だって政策が出来上がっていく姿が描かれています。
むしろ、そのまま政治過程論の教科書に載ってもよいくらいの記述で、たいへん分かりやすくまとまっています。
第3章 国と地方の教育行財政制度
教育行政の独立性や、教員の政治活動の可否や範囲、そして、国・都道府県・市町村がそれぞれ教育に対して持つ役割が記述されています。
敏感な論点になりやすい独立性や政治活動ですが、その程度・範囲について丁寧に論じられていて、妙な思想的言説が入ったりしないのが良いところです。
ことに教育関係の本では、入門書や教科書でも著者が露骨に極端な立場から説明する傾向が強く、本書はその点において稀有な特徴を持つ良書です。
国と地方自治体の関係では、単にそれぞれが持つ権利や義務の記述にとどまらず、政治学の中央―地方関係の理論を援用しながら、相互に及ぼし合う影響についても言及しているところが優れています。
第4章 国の予算と教育
日本の教育に対する公的支出の状況や、予算策定・執行のプロセスなどが記述されている章です。
一般的に少ないと言われている教育への公的支出ですが、国民負担率や子供の数を考慮に入れるとそうでもないという文科省の資料などは読者にとって新しい視点になると思います。
文科省の支出の9割以上が補助金であるという点も、他の分野と教育行政との違いを見る上では重要でしょう。
第5章 教育行政の独立性:教育委員会
教育委員会の特性や権限について記述されている章です。首長との権限分担や、教育長と委員の役割などについて細かく記述されています。
また、制度的にアメリカとの比較にも紙幅が割かれており、戦後すぐに日本も導入していた公選制が多数である一方、それを見直す動きも進んでいることが明らかにされます。
第6章 教育課程行政と新学力育成の課題
学習指導要領の基準性や内容を巡る変化を概観する章です。
まず、学習指導要領は「目安」なのか「最低基準」なのか、それは現場に対しどれくらいの拘束力を持つべきなのか、という論争が判例などを引きつつ示されます。
次に、学習指導要領の内容変化について述べられます。
教科の統廃合や「道徳」の扱い、総合的学習の時間の導入、外国語教育の時期と内容などの変化の系譜が戦後すぐの時期から示され、また、教育内容の増減にも言及されています。
特に、教科の「現代化」による教科内容の増大(1968年改訂)、その後の教科内容の削減(1998年改訂)、21世紀に入ってからの再拡充(2008年改訂)がターニングポイントとして挙げられています。
その中でも、この章では近年政府が重視している「新学力」が詳細に解説されています。
非定型的で相互的な仕事が増える中で、知識の量やルーチンをこなす忍耐力などではなく、創造性やコミュニケーション能力こそ「新学力」であると規定し、アクティブラーニングなどが取り入れられていく背景がわかりやすく記されています。
第7章 教員の給与と勤務
なかなかスポットのあたりにくい教員の給与について記述されています。
近年導入された、自治体が一定の予算内で給与や諸手当、人員を自由に帰ることのできる総額裁量制といった自治体による運用の視点。
長時間労働の問題と、残業時間に関わらず給与の約4%を支給する教職調整額の是非。
そして、教員の職務の特殊性があるなかでどのように「評価」と「報酬」を結び付けてゆくかなど、際どく難しい問題が客観的に叙述されています。
第8章 教育費問題と教育の機会均等保障
近年も問題視されており、身近な問題でもある教育費について述べられています。
日本の公的教育支出を、単なる多寡にとどまらずその特徴を捉えて解説し、そのうえで、それがどのような社会的影響をもたらしているかが記されています。また、所得の低い家庭の生徒を支援する各種制度やその変遷についても記述が厚く、誰が呼んでももう一段詳しくなれるでしょう。
第9章 学校経営をめぐる政策動向
学校選択制など、NPMや新自由主義の考え方から始まった学校経営の新しい方法について記述されています。
学校が競争に巻き込まれること/巻き込まれないことのメリット・デメリット、それぞれが抱えるジレンマが丁寧に述べられています。
第10章 学校の組織と文化
組織論に基づいて、学校組織の形態をどう表すのが適切なのかが述べられています。
官僚制的な見方から、公式そして非公式の接触や交流に着目する状況依存理論などが紹介され、また、教師と生徒、保護者の関係も、昔ながらの「統合・管理」や、アカウンタビリティを重視する「契約的信頼」、そして調整や協働を重視する「関係的信頼」など、様々な関係性が学校を取り巻く諸制度の中で生まれ、どのような組織や関係、文化を目指すべきなのか、その特徴と緊張が述べられています。
第11章 学校におけるリーダーシップ
この章も組織論を背景に、今度はリーダーシップについて論じられます。校長がいかにして教師と関わるべきか、研究先進国である米国の論者たちの議論が紹介されながら、様々な形態のリーダーシップの特徴が述べられます。
教師たちの助言者として立ち回る「教授的リーダーシップ」、目標を掲げ、組織やプログラムを変えていく「変革的リーダーシップ」、そして、校長に限らず様々な階層の教師が相互にリードし合う「分散的リーダーシップ」。
「効果のある学校」を目指し、蓄積されてきた研究の知見がコンパクトに纏められています。
第12章 学校評価と学校改善
日本でも近年取り入れられつつある学校評価システム。ゆとり教育の見直しとアカウンタビリティの重視から出現したシステムですが、いったい、どのように評価することが適切なのか。
国のガイドラインの概要から、現場における評価の実態、英米における「意図せざる結果」、そして評価することそのものが生む弊害まで、「学校の『成果』を評価すること」の原理的な特性が記述されています。
第13章 学校の財務管理
財務管理体制、つまり、予算要求から予算の執行、資金管理の方法が記されています。自治体はどのように学校に対する予算を決めるのか、学校における資金は、誰が、どのようにな規制のもとで執行するのか、学校が資金を誰かから徴収する場合の規則はなにか、という内容です。
発注における環境配慮や地元業者保護規則、滞納給食費徴収のルールなどはたいへん興味深く読めます。
第14章 教員の評価と職能成長
学校という職場や、教員という仕事の特徴に着目しながら、教員をどのように評価すればよいかが論じられています。目に見えずらい「成果」や、評価がもたらす協力への影響、意欲や能力をどう評価すべきかなど、様々な考え方や対立軸を学ぶことができます。
第15章 学校のガバナンスと経営
学校をどう統治するのか、という問題について述べられています。教員・生徒・保護者・地域住民といった様々なアクターが学校を取り巻いていますが、これらがどの場面でどのような力を持つべきなのか、その一長一短が論じられます。
教員の専門性と、保護者や地域住民の声に耳を傾ける民主性とのあいだの緊張。教員や学校を「売り手」、生徒や保護者を「顧客」として扱うアプローチの是非。
一筋縄ではいかない議論がコンパクトに凝縮されています。
3. 結論
全体として非常にバランスの良い本というイメージで、
政治や行政の観点から教育を学ぶときにはまず手に取るべき書籍であると思います。
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