小説 「桐島、部活やめるってよ」 星2つ 朝井リョウ

桐島、部活やめるってよ
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1. 桐島、部活やめるってよ

新進気鋭の若手小説家、朝井リョウさんのデビュー作です。

今時の若者の心理を生々しくかつ繊細に描いた作品として話題になり、 また、その印象的なタイトルは多くのパロディを生み出しました。実写映画もされ、日本アカデミー賞の最優秀作品賞に選ばれるなど好評を博しています。

前評判通り、スクールカーストの描き方と「桐島が出てこない」という構造の巧さには心打たれましたが、ややストーリー性に欠け、同時代性を意識するあまり普遍性を犠牲にし過ぎた側面があると思われました。

2. あらすじ

バレー部の部長であり、クラスの人気者であり、かわいい彼女を持つ男、桐島。そんな彼が、ある日突然部活をやめた。スクールカーストトップの彼がとった行動は、周囲の人物の生活に少なくない波紋を広げていく。

桐島の代わりにレギュラー昇格を果たした小泉風助。「完璧で輝いていた」桐島が、試合中ベンチに座る風助にいつも「どこがダメやった?」と問いかけていた理由とは……。

カーストトップのグループから外された志乃としぶしぶつるんでいる沢島亜矢。吹奏楽部部長である彼女は、いつも窓からスクールカーストトップの男子たちがバスケをしている風景を見ながら練習していた。しかし、そこにはもう、彼らの姿はない。桐島の離脱がきっかけで、放課後バスケはなくなってしまったのだ。それは、亜矢が片想いの相手である竜汰の姿を見ながら練習することができないことを意味していた。

映画部に所属する前田涼太はスクールカーストの最底辺にいる。映画甲子園で特別賞を獲ったときでさえ、その青臭いタイトルをスクールカーストトップの女子に嗤われる始末。しかし、そんなことも映画製作が持つ魅力を前にすれば小さなことだった。「青春映画を撮ろう」映画部の友人である武文の提案に乗り、涼太たちは体育館へ向かう。いつもはバレー部が練習しているはずだったが、桐島の脱退によりそこにいたのはバドミントン部。そしてバドミントン部には、涼太が中学校のときに親密になり、しかし、いまはもう疎遠になってしまった東原かすみがいる。彼のカメラに映る彼女の姿とはいったい……。

ソフト部に所属する宮部実果は、いまは絵里香が担う4番の座を狙っている。その4番の座は、実果の姉であったカオリがかつて担っていた。カオリは母親の連れ子であり、実果は父親の連れ子。カオリが大学受験直前に父親とともに事故死したことをきっかけに、実果の母親は実果を「カオリ」と呼ぶようになっていた。スクールカーストトップのグループに所属する実果。しかし、トップグループにいられる理由が、外見が良いことやかっこいい彼氏を持っていることだと自覚している。同じくカーストトップに所属する梨沙の彼氏、桐島が部活を離脱し、桐島と同じバレー部である実果の彼氏、孝介と実果はぎくしゃくし始める。そんな中、誰かに「実果」と呼んでもらうことを願うのではなく、自らその座を手中に収めることを実果は決意する……。

野球部の幽霊部員である宏樹は、押しも押されぬスクールカーストトップ。スポーツ万能でオシャレにも余念がない彼だが、カースト下位をただ見下すだけの生き方に不安を感じるようになってくる。いつも試合の日程だけは教えてくれていた部長がそれを教えてくれなくなり、馬鹿にされてもいきいきと映画撮影をする映画部に彼の心は動かされ…….。

他、文庫版には「東原かすみ 14歳」も収録。高校生たちの不安と希望をオムニバス形式で描く。

3. 感想

斬新な小説で、「小説すばる新人賞」にはうってつけであると思いました。

まず、スクールカーストの描き方が巧みです。

単に「こんな感じの人物は上位で、こんな感じの人物は下位」と俯瞰するだけでなく、カースト間のお互いに触れ合わない距離感であるとか、下位の感じる劣等感とそれをうまくごまかしながら生きていくときの心情、あるいは、上位の者の虚飾と漠とした不安といった言葉にしにくいものを見事に表現しています。

加えて、「桐島が部活をやめる」という構図も秀逸です。

一般的な学校の固定化されたスクールカーストを描くだけならば、それは小説として無意味です。なぜなら、それはしっかりと高校生を取材し、ノンフィクションを書けばよいだけのことだから。

現実にスクールカーストの中でもがいているという事実は、どんなフィクションをも圧倒する事象です。その点、本作は「桐島が部活をやめる」というファンタジーによって価値あるフィクションとなっています。

スクールカーストトップである桐島が部活を突如やめるという事態は、通常ならば起こりえません。一応、作中では人間関係の問題等がほのめかされていますが、教室でもカーストトップの桐島が自ら転落を選ぶという事態は非現実的です。

だからこそ、「もし桐島がやめたら」という思考実験が輝くのです。

「桐島がやめる」という事態に直面し、固定されていたスクールカーストが一瞬揺らぎ、そこに所属する高校生たちも、別の視点で学校や自分の人生を見つめるようになります。普段まじりあわないものがまじりあい、普段回避してきたものと相対しなくてはならなくなる。その切なく温かい瞬間を切り取るためにこれ以上の工夫はないでしょう。

以上のように、斬新でこれからの時代を切り拓く朝井リョウさんのデビュー作としては十分に読みごたえがあったのですが、致命的な欠点もあります。

第一に、ストーリーがないということです。オムニバス形式でそれぞれの心情の変化が語られていく形式なので、高校生の生々しい吐露が続き、確かに読ませます。とはいえ、小説にあるべき展開の起伏がなく、驚きや感動とはほど遠い小説なのが実態です。それらを重視する人々にとっては、おそらく、全く何も感じなかったという感想もあり得るでしょう。

第二に、同時代性を意識しすぎているということです。作中には流行りの歌手の名前や制服のきこなしについての工夫がちりばめられています。確かに、それらの要素は「いまどきの高校生」を描くのに一役買っていますが、その分、いつまでも読み継がれ、どんな世代にも理解される小説ではなくなっています。2017年時点でも既に時代遅れになっている表現もあり、「夏の100冊」に選ばれ続けることはない作品です。

流行りものをさらりと読みたいという人にとってはオススメですが、人生の珠玉の一冊を求めている人には向かない、というのが本作であります。

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