アニメ映画 「君の名は。」 監督:新海誠 星2つ

君の名は。
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1. 君の名は。

今年最も売れた映画の座を確実にしつつある本作。興行収入はついに150億円に迫り、ジブリ映画を次々と抜き去って日本アニメ映画界の記録にもその名を残すことになりました。

個人的にも、エンターテイメント性溢れるストーリーと美麗な作画は楽しむのに十分値するものだったと思いますし、人気が出るのも分かるのですが、あまりに綺麗すぎるのではないかという印象も抱きました。

2. あらすじ

舞台は現代の東京と、岐阜県の奥地、糸守町。 ある日、東京に住む立花瀧(たちばな たき)と糸守町に住む宮水三葉(みやみず みつは)の日常に異変が起こる。なんと、二人の身体が時々入れ替わるようになってしまったのである。突然の事態に戸惑う二人だったが、携帯電話に残したメッセージで意思疎通を図り、互いの日常に触れる中で次第に惹かれあっていく。しかし、ひょんなことから瀧が三葉に電話をかけようとし、事態は急転する。三葉への電話は決して繋がることなく、三葉の故郷、岐阜県を訪れた瀧は、そこで糸守町が三年前にティアマト彗星の衝突に遭い、住民ごと消滅してしまったという事実を知る。打ちひしがれる瀧は糸守町の事件を調べ、何とかもう一度入れ替わって三葉の死を回避しようとするのだが……。

3. 感想

身体が入れ替わってしまうという古典的トリックに、その入れ替わりには時間差があるという、こちらも古典的ながら 意外性のあるギミックを組み合わせ、そこにスマートフォンでのやりとりを入れることでSF的要素を合理的に成立させるという、非常に現代的な手法が用いられており、着想はかなり面白いと感じられました。また、男女入れ替わりによって起こる恥ずかしい出来事や意識のすれ違いなど、定番の要素でのコミカルな演出も楽しかったです。

しかし、この手の青春SF恋愛モノにしては、登場人物が人間としてやや無色透明すぎ、あまりに物語の奴隷になっているように思われました。普通の人が高校生の時に異性と身体が入れ替わり、自分が相手側の、相手が自分側の生活を送らなければならなくなったとして、自分の生活を見られる恥ずかしさや、相手の生活で感じる相手の嫌な面に堪えることができるでしょうか。自らのコンプレックスや、親友にさえ隠していることさえ全て見られてしまうわけです。それを考慮すれば答えは否だという人が多いと思います。

ところが、本作では、瀧と三葉は生活全てを曝しあいながら、一向にシリアスな気まずさに陥ることなく、ごく順調に惹かれあっていきます。二人とも(失礼ながら大多数の視聴者、大多数の高校生とは異なり)あまりにも清潔で、魅力「しか」持っていないような人物なのです。一切の生々しさがない、格好悪い泥臭さがない、そんな人物に心から感情移入できるかと問われれば、それは否であると思います。

また、「感動の青春恋愛モノ」と銘打たれることが多い本作ですが、自分の悪い面に悩まされたり、努力しても届かないものがあったり、恋焦がれていた人の悪い意味で意外なところを知ってしまうというような、大きな壁にぶつかって自分の内面と闘う、葛藤するということもありません。誰もが最初から一生懸命で、優しく、勇気があり、努力は必ず良い方向に結実します。「ダメなところがある自分だけど、それも含めて自分なんだと納得する」「努力が無駄になることもあると知ってなお、それでも努力を続けることへの情熱を失わない」「相手のダメな面まで好きになってこそ恋愛である」というような(挙げた例はベタすぎるかもしれませんが)、特別なイベントを経験する中で主人公たちが大切なことに気づく、変わっていくという描写がなく、ただ主要登場人物が十代であるから青春、主人公とヒロインが互いを好き合うから恋愛、と名乗っているだけになってしまっています。

作画を見ても、新海監督が描く美麗な空は素晴らしいものなのですが、確かに、これくらい爽やかさしかない作品ならば、心象風景の面からもいつだって空は綺麗だろうとも思ってしまいます。くすんでいたり、嫌になるくらいのぺっとしていて単調な景色は現れないのは、それを表せるような場面がないのは、それはそれで欠点なのではないでしょうか。

もちろん、そういったことを考えながら見る映画ではない、という意見もあろうかと思います。しかし、それはもっとニッチな層を狙った、いかにも何も考えずに見るコンテンツに対して投げかける言葉ではないかと思ってしまいました。私はこの映画が、最初から大衆受けを狙い(いままでの新海作品とは明らかにその点で差異があります)、本当に受けてしまったことに驚きを隠せません。誰もを感動させるにはあまりにも現実とフィクションを切り分けすぎた、「これはフィクションですよ」という映画になってしまっているような気がしたのです。徹底的に漂白された青春と、婉曲が存在しない会話、神話の言葉を持ち出せばそれだけで説得力があるかのような言い回しを登場人物の誰もが疑いなく信じている。そこには、一切、現実に対するメタや、現実の比喩としてのフィクションがありません。本作は確かに楽しい作品です。けれども、考え方や、人生観に影響を受ける人は皆無でしょう。その点においても、本作はこれまでのアニメ映画と一線を画している存在だと思います。

私もこの作品は間違いなく良い作品だと思います。楽しい作品でありました。でもそれは、親友とする会話や、重要な試合での緊張感や、見た(読んだ)あとしばらく茫然としてしまうような作品が持つ、人生をかみしめるような喜びではありません。質としては、すごく美味しい食事といったところでしょう。別の言い方をするならば、「物語」ではなく「パフォーマンス」だったのです。もし、こういった作品が三枚目的なエンタメという枠ではなく、本流王道の人間物語として創作の世界を牽引するならば、私は少し、寂しく感じます。

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