第9位 「Paradise Kiss」矢沢あい
【服飾にかける青春と恋愛、王道少女漫画】
・あらすじ
進学校である清栄学園高校3年生の早坂紫は下校中、ファッションショーにモデルとして出演しないかと声をかけられる。
紫を誘った個性的な服装の3人組は、近隣の専門学校、矢澤芸術学院(通称、ヤザガク)服飾科の3年生。
彼らは学園祭で催されるファッションショーのモデルを探して街をうろつき、スカウトを行っていたのだ。
当初は乗り気でなかった紫だったが、進学校の生徒とは違って自分の道を自分で切り拓いていこうとするヤザガクの四人に憧れを抱き始め、モデルを引き受けることにする。
「進学校の自分」との葛藤、小泉譲二との恋、親との軋轢、モデルという職業への憧れ。
青春がぎゅっとつまった濃密な時間が紫の人生を大きく変えていく......。
・短評
「NANA」で有名な少女漫画家、矢沢あいさんの作品です。
ファッション誌に連載されていたという異色な経歴を持つ漫画だけあって、登場人物たちの洗練されたファッションセンスは流石としかいいようがありません。
とはいえ、ストーリー自体は極めて王道。
進学校に通いながらも学校の勉強に意味を見いだせない女子高生が、芸術の道で成功しようと日々努力し邁進する同年代の専門学校生に会って変わっていく、という古典的な物語になっております。
本作には、①紫と譲二の恋愛、②紫がモデルを目指して努力する、という二つの軸がありますが、この双方が紫の痛切な「成長」に繋がっている点が面白いところ。
①は「俺様的イケメンが格好よくヒロインを振り回す。ヒロインは振り回されるスリリングな日々に幸せを感じる」というパターンを踏襲しているのですが、そんな恋愛の中で、「『譲二の彼女』という肩書がなければ何者でもない自分」であることを紫が強烈に意識する場面が訪れます。
その意識のもとで、紫が自発的な向上心の会得し、他者の属性に依存しない「自分」というアイデンティティの確立を経て大人になっていく姿には感動を禁じえません。
②については「家族の反対」が肝になっていおりまして、反対に抗ってでも夢を追いたいと思った紫が実家を飛び出す展開が見どころです。
恋人や友人の家に身を寄せながら家庭の影響を脱し、自分の責任で自分の人生を生きることの重要性や、親とちょうどよい距離感を保つ秘訣を身体で学んでいきます。
少しずつ甘えた部分がなくなっていき、大人として研ぎ澄まされた、バランスの良い人格を紫が得ていく姿にはつい感情移入してしまいます。
努力、友情、恋愛を通じて一人のティーンエイジャーが成長していく物語は数多くあれど、その中でも、本作はかなり丁寧かつ上品で、テンポが良いながら無理くりな展開もやたらに寒いノリもなく、綺麗に完結しています。
十代から二十代前半に読めば良い意味で強烈な影響を受けると思いますし、それ以上の年齢層にとってもじんと涙ぐんでしまう場面が多いと思われる作品です。
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