1. 藤子・F・不二雄 異色短編集
「ドラえもん」や「パーマン」、「エスパー魔美」といった人気作品で知られる藤子・F・不二雄。ハードではないSF設定を中心に日本の漫画界を作り上げてきたレジェンドはブラックな短編の書き手としても漫画好きに知られておりまして、選りすぐりの作品が纏められた商品としてこの「藤子・F・不二雄 異色短編集」が小学館から発売されております。
ただ、いまになって読むとやや古臭い印象は拭えません。1970~1980年代に発表された作品が多いのですが、いくつかの作品を除いては特に意外性のないブラックユーモアという感想を抱いてしまいます。もちろん、当時は斬新だったのでしょうし、こういった作品群を基礎に今日の発展した物語構築が存在するからこそ稚拙に感じるのかもしれませんが、いまなお輝きを失っていない作品たちという評価にまでは至らないだろうと思いました。
2. あらすじ
〇定年退食
息子夫婦と穏やかに暮らす老人。健康増進効果があるといって「塩コーヒー」を好み、少し遠い区役所にも健康を意識して徒歩で向かう。無邪気に遊ぶ子供たちを見る視線も温かい。ただ、食事を摂る量は極端に少なく、どうやらいつもお腹を空かせていて体調は芳しくないようだ。
そんな老人が区役所で行うのは「二次定年特別延長」の抽選申込み。事前に友人から当選の「コツ」を聞き、それを実行する老人だったが......。
「定年退食」を含め全4巻52編を収録。
3. 感想
個人的には第2巻に面白い話が集中していると感じました。「あらすじ」にも挙げた「定年退食」のほか、「大予言」「老雄大いに語る」あたりは示唆に富んだ佳作です。
まずは「定年退食」ですが、仕事上の定年である「第一定年」と、扶養上の定年、つまり年金・食糧・医療等の保障が打ち切られる「第二定年」が政府によって決められている日本という設定はむしろ現実味を帯びてきているのではないでしょうか。作中では「第一定年」が56歳、「第二定年」が72歳とされており、いまの感覚からすればやや若く感じられるのですが、国家の政策はともかく現実はこれに近づいていってしまう懸念があります。
大企業においてさえ「45歳以上はリストラ」が喧伝され、政府がどれだけ高齢者雇用を促進しようとしても(45歳以上でも高給に見合うパフォーマンスを維持している人物と偶然リストラのない業界/会社に属していて運よく高給の地位に残れている人物以外の)ほとんどの労働者は失職したままか最低賃金ギリギリの職にしかありつけないわけです。
作中では奈良山首相が「第一定年」と「第二定年」の年齢の根拠を語るのですが、「第一定年」においては「これ以上の生産人口をわが国は必要としません」、「第二定年」においては「それ以上の扶養能力をわが国は持ちません」とされています。現実問題として、「第一定年」は政府の政策としてではなく労働市場の力で決まるでしょう。もし、それが56歳なのだとすれば(年金という形でなくても、生活保護という形で。例え労働をしていたとしても、それによって得られる賃金と生活費や医療費との差額を補填するという形で)57歳以上の人々を事実上、政府(を通じて56歳以下の「生産人口」)が養うことになるでしょう。そして、「生産人口」から徴収する税金や社会保険料で賄えない分は、57歳以上の人々に何かしらを諦めてもらうことで帳尻を合わせるしかありません。作中では「第二定年」が設定され、72歳以上の人々には生きるのを諦めてもらうことになっております。
現実問題として、僅かな年金だけで、あるいは生活保護を受けて暮らす高齢者の人数は爆発的に増えています。いまでこそ平均寿命は男女合計で84歳となっておりますが、栄養事情の改善や医療の発展による寿命増加は頭打ちとなり、これからはむしろ栄養状態が悪化していき(若者すら栄養状態が悪化しているようです)、高齢者の医療費負担の引き上げや保険適用除外範囲拡大も際限なく進むことでお金がないために医療を受けられない人が増加して寿命は縮んでいくのかもしれません。 つまり、現実では、一律の「第二定年」が設けられるのではなく、「第一定年」を迎えた人のうち、十分に蓄えのない人が即座に「第二定年」を迎えて「人生」を諦めることになっていっているのです。
https://doors.nikkei.com/atcl/wol/column/15/082800197/091800006/
作中、主人公の老人はほとんど食事を摂らず、「パックで」と息子の嫁に食糧保存を促します。「冬に備えなくてはね」と漏らすことさえあります。「第二定年」を淡々と受け入れ、次の世代に少しでも多くの物を残そうとする姿勢。そこには「我儘老人」ばかりを描く今日の作品とは違い、あまりに厳しい世界における「一般的老人の気概」のようなものが描かれていて涙腺がくすぐられます。
次に「大予言」ですが、これも当時流行の「予言」を題材にした作品でありながら普遍的な価値を持っています。かつて有名だった予言者が恐るべき未来を予知してしまい、4-5年越しのノイローゼで食事も喉を通らなくなっているという噂を聞きつけたテレビ局のプロデューサー。彼がその予言者を訪ねてみたところ......という話。「どんな未来を予知したんですか」と訊くプロデューサーに、予言者は「みんながしってるくせに」と錯乱しながら叫びます。そう、予言者が予知した未来というのは人類が滅びるという未来。原因はもちろん、石油の枯渇、環境汚染、直下型大地震、人口爆発と大飢饉、核戦争。べつに自分がわざわざ予知しなくたって、どうやって人類が滅びるのかなんてみんな分かっている。それなのに騒がず喚かず行動もしないお前たちが怖くてノイローゼなのだと。世界の環境問題においてはCOP25におけるグレタ・トゥーンベリさんのスピーチが大々的に報道され、日本の社会の未来という点では「未来の年表 人口減少日本でこれから起きること」がベストセラーになるなど、予言者に訊かなくたって私たちの社会がどうなっていくかはある程度予測されているわけです。本当に予言ができる人、本当に未来の見える人がいたとして、見えているものが滅びの未来であるならば、実際に発生する出来事にではなく、何も行動を起こさず呑気に死を待つ人々にこそ底知れぬ絶望感を感じることでしょう。
最後に「老雄大いに語る」ですが、これは社会問題系というよりは日常系のユーモアを主題にした作品。こういった軽く読める系統の作品と重い話が両方バランスよく入っているのが本短編集の特徴でもあります。火星、金星に続き冥王星への着陸を果たそうとする人類。有人探査船に乗っているのはサミュエル・クリンゲライン宇宙局長。大統領の反対をも押し切り局長という立場でりながらクリンゲライン氏が自ら冥王星へと行きたかった理由とは.......という話で、それが実は「妻に話を聞いて欲しかったから」。結婚以来、会話をしようと思うたびにお喋りな妻に遮られ続けてきたクリンゲライン局長。電波が届くのに5時間20分かかる冥王星からならば妻に長々と話をできるというわけです。荒唐無稽に見えて意外と現実的っぽさがあると考えておりまして、探偵ナイトスクープの「23年間 会話なし夫婦」ではないですけれども、口下手だったり社交的であることが苦手な人間はちょっとしたことで会話を諦めてしまうものですし、それが人生全体をかけた引っ込みのつかなさに繋がってしまうということもあるものなのです。それでも喋ろうと思うと宇宙に行ってしまうくらい壮大になる、というのはさすがにフィクション的なジョークだと受け止めておりますが、年齢を重ねた後の人間関係って、結構、過去を引きずった面倒くさい側面があるものですよね。
4. 結論
「感想」欄の記載は肯定的な筆致になっておりますが、これは面白かった話ベスト3について書いているからでありまして、冒頭に述べた通り全体的にはイマイチな話も多かった印象です。「異色短編集」という題名の通り、藤子・F・不二雄の独特な世界観が特に好きな人向けという作品なのでしょう。
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