1. 何者
人気作家、朝井リョウ氏の直木賞受賞作の映画化です。
就職活動をテーマに、大学生から社会人になろうとしている若者の心理を描き出した群像劇で、構成にも演出にも見どころがあると感じました。
2. あらすじ
主人公、二宮拓斗(にのみやたくと・佐藤健)は友人である神谷光太郎(かみやこうたろう・菅田正暉)とアパートでルームシェアをしている。ある日、二人の友人である田名部瑞月(たなべみづき・有村架純)が二人の部屋を訪れ、留学生交流会で知り合った小早川里香(こばやかわりか・二階堂ふみ)の住む部屋が拓斗たちの住む部屋の真上であることを告げる。里香の部屋を訪問した三人は里香と意気投合し、そこを「就活対策本部」とすることを決定する。里香の同棲中の彼氏である宮本隆良(みやもとたかよし・岡田将生)もそこに加わり、就活の進行状況や就活に対する考え方などを五人はそこで話すようになる。
しかし、就活が進行するにつれ、各人を取り巻く状況や心理に変化が生じ始める。大手には落ちたものの中堅出版社の内定を得た光太郎。親元を離れられない事情ができたことから大手通信会社の地域限定職を選んだ瑞月。留学経験もありOB訪問も積極的に行うなど就活に前向きに取り組みながら成果の出ない里香。当初は就職するつもりはないと言い張っていた隆良も就活を始める。そして、就活二年目である拓斗にも内定は出ないままだった。
「なぜ拓斗に内定が出ないかわからない」と拓斗に話す光太郎。一見、普通の大学生に見える拓斗がなぜ上手くいかないのかは確かに疑問だが......。
拓斗が匿名で運営するツイッターのアカウント、「何者」の内容が明らかになり、衝撃の理由が判明する。
3. 感想
作品全体を通じて言いたいであろうことはつまり、「他人を見下したり見た目だけ高尚なレッテルで自分を飾ったりせず、地道に実直に活動して何でもいいからアウトプットを出しに行け」という古典的なものです。しかし、構成が非常に巧みで、かつ、典型的でいかにもいそうな大学生を登場人物に据えることで、万人の感情に訴えかけられる作品になっているのではないでしょうか。
上述の通り、「就活対策本部」に集う五人の大学生はそれぞれ個性がありながら、その個性はいわゆる「こういうやついるよな」という枠にはまった個性になっており、就活版「ドラえもん」とも言える馴染みやすい配置です。
主人公、二宮拓斗
・冷静沈着で分析を得意にするタイプ。学生生活では演劇部で脚本を書いていた。
拓斗のシェアメイト、神谷光太郎
・バンド活動に大学生活を捧げたチャラいイケイケ系。
二人の友人、田名部瑞月
・素直でまじめな女性。留学経験があり、光太郎の元カノでもある。
「対策本部」部屋の主、小早川里香
・「意識高い系」で、ハードワークなキャリアウーマンを目指している。
里香の彼氏、宮本隆良
・別の意味で「意識高い系」。組織に隷属する生き方を旧いものとして忌避している。
この中で真っ先に内定を得るのが光太郎というところはかなりリアル路線であると思います。バンドを引退するとともに髪を黒く染め、目標を見定めて恥ずかしがらず努力し、持ち前のコミュニケーション力で難関を突破していく。大手に落ちて中堅に入っても誇らしげなのが好印象で、確かに、採りたいと思わせる人材です。
そして、なかなか内定が出ないのは拓斗と里香。カッコイイ自分を貫く生き方に折れてしまうのが隆良。里香と隆良は「意識ばっかり高くて内容が伴っていない」ことから挫折するという明確な理由が示されるのですが、では、拓斗は何故? というのが面白いところ。
ここからは「あらすじ」の続きなのですが、拓斗の運営する「何者」は他人の努力や考え方を上から目線で冷笑するようなツイートばかりをするアカウントだったのです。「そんな人、どこも採りたがらないよ」という里香の台詞に作品のテーマが凝集されています。そのあとに、「内定でない私も一緒だけど」と里香が言うのもポイントです。偉ぶってSNSの世界で他人を攻撃する姿勢は、意識ばっかり高く、地道な生き方に否定的な里香や隆良と同じ側なのだということが暗に示されます。
また、ここでこの作品の優れているところは、「じゃあ、全員が全員就活のフォーマットに従って企業にへこへこ頭下げて言われた通りにするのがいいのかよ」という反論に対する再反論も仕込んでいるところです。
作中、演劇部時代に拓斗と共同で脚本を書いていた銀次という人物が独立して立ち上げた演劇集団、「毒とビスケット」の公演の様子がたびたびカットインします。
銀次は「一ヶ月ごとに新作を一本公開する」という目標を立て、それをこなしていきますが、ネット上での評判は芳しくなく、また、銀次が様々な有名演劇関係者と会っている様子をブログに上げるのも拓斗には馬鹿らしいことに思えます。確かに、カットインされる劇は素人目にも酷いものに映るよう演出されています。
しかし、拓斗と銀次が所属していた演劇部の先輩であり、理系の院生でもあるサワ先輩は「毒とビスケット」の劇を観に行くよう拓斗に何度も薦めます。拓斗は内心見下してずっと観に行かないのですが、物語を通じて起こる拓斗の心理の変化が拓斗の足を劇場に運ばせます。「頭の中にあるうちは何でも100点満点の名作。でも、10点でも20点でもいいから現実のアウトプットにするのは遥かに難しいこと」。拓斗と銀次の間に横たわるこの台詞もまた作品に通底するテーマに合致しています。
そして、視聴者にだけ知らされる情報として、引退していく「毒とビスケット」団員の笑顔があります。「演劇が自分の軸、自分を出せる唯一の機会、自分を救ってくれたかけがえのないもの」。いまはまだ、どんなに拙い劇を作っていたとしても、団員にそこまで言わせる銀次の魅力、ひたむきさもこの作品は肯定的に捉えています。就活をせず、演劇の世界で生きていくことを決断した銀次ですが、そこには妙な「意識の高さ」ではなく、泥臭くて恥ずかしい、けれども、内に輝きを秘めた熱情があるのです。
前半部分はかなり落ち着いた雰囲気で、後半部分は技巧がかった演出も見られるので、映画に対して「常に盛り上がっていなければならない」「分かりやすくなければならない」という信念を抱いている人にとってはやや重く、見づらい側面もあるかもしれません。しかし、ちょっと考える映画を見たい、という方には、是非、オススメしたい作品です。
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