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新書 「組織の限界」 ケネス・J・アロー 星3つ

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組織の限界
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1. 組織の限界

ノーベル経済学賞を受賞し、「アローの不可能性定理」等で著名な経済学者、ケネス・アロー氏の講演集です。もともと岩波から出ていたのですが、このたび筑摩書房から復刊ということで読んでみました。

現代の政治・経済学が取り組んでいる論点について、従前から鋭い指摘を行っていたアロー氏の視点には驚くばかりです。

2. 目次

本書の目次は以下の通り

第一章 個人的合理性と社会的合理性
第二章 組織と情報
第三章 組織の行動計画
第四章 権威と責任

3. 感想

第一章では、個人と組織、社会の関係が論じられます。

価格システムや分業による効率性という経済学の基本を肯定的にとらえながらも、集合行為論的な悪影響や、負の外部性の解消、相互信頼・協定の重要性から、いかに社会が組織や統合を必要としているかが主張されます。

合理的な個人が勝手にやっていればなにもかもうまくいく。いまとなっては古びた論理ですが、それを組織という面から古びさせていこうとしたアロー氏の慧眼が光ります。

第二章では、情報の持つ特徴と組織の関係が論じられます。

逆選択やモラルハザードの話を通じて情報の多寡や偏りがどのような社会的帰結をもたらしたかを論じたあと、情報を蓄積し、活用する場としての組織が取り上げられます。

情報が不可逆的投資であり、収益逓増の傾向を持つこと。人間の処理能力の限界と、組織化することによる情報蓄積と検索可能性の拡がり。

そして、組織が情報収集・選別コストを著しく下げること。単に分業の道具としてではなく、偏った少量の情報しか収集・活用しえない個人を統合・協業させ、加速度的に効率性を上昇させる場としての組織という側面を鋭く捉えていたアロー氏の偉大さが垣間見えます。

第三章では、組織の意思決定について論じられます。

組織がどのように行動計画を決定し、組織内での権限配分や意思決定方法を設定するかという点について、歴史的偶然が大きく影響すると結びます。組織内部ではそれぞれの個人が情報を収集し、それを取捨選択して中央に伝えます。そのコミュニケーション・チャネルが組織の行動計画に影響を及ぼし、そして、一度俎上に上がった行動計画はなかなか変わりません。

では、そのコミュニケーション・チャネルはどのように形成されるのか。ある時点の組織にとって、最適な伝達方法は複数あります。そして、最初に選んだ伝達方法をその延長線上で強化する形で、その組織内でのコミュニケーション・チャネルは発展していきます。

ちょうど、各地域の言語形成が初期条件に左右され、しかも、どんな言語でもコミュニケーションに支障がないことから、これまで使ってきた(=投資を重ねた、全員が使い慣れた)言語が継続的に使われていくようにです。

また。権限配分もそうです。経営管理の新しい方法が必要とされたとき、その業務の形式的類似性から組織は予算部や決算部にその権限を与えたがります。

しかし、変化する環境に対し、それが白紙から考えた場合に最適なのかは分かりません。

このあたりからタイトルである「組織の限界」が見え始めます。まさに、組織の不合理性が少しずつ炙り出されてくるのです。

第四章では、組織中央における「権威」について論じられます。

個人が勝手に行った場合よりも、組織で行った場合の方が、情報の収集・選別・活用が合理的になされる。この前提の根幹になっているのが、指示を出す者がいて、誰もがそれに従うということです。

特に、従うか否かという点につき、アロー氏は重点的に論じます。政治における権威主義的体制に対する反抗や、労働者によるストライキなど、人々が権威にあらがうことに成功した例は数多くあります。

一方で、警察への信頼が高く、警察を監視する組織の設立について反対が多くを占める現象のように、権威を求める人々の習性というものも存在します。

また、権威と責任の関係の重要性もアロー氏は説きます。すなはち、権威に責任(役割)を多く与えれば与えるほど、人々の期待が大きくなり、その結果、権威が乗り越えなければならないハードルが高くなって権威が脆くなるというものです。

人々が権威にどの程度従い、どの程度ボイコットするか。その点を考慮に入れた効率性を組織が達成することができるのか。

早い段階でこのポイントを経済学理論に組み入れていくアロー氏の洞察の深さには感嘆させられます。

講演集ということで、示唆的な側面が多く、厳密で深い理論は載っていません。しかし、現代政治・経済学の趨勢を知っていれば知っているほど、アロー氏の言葉の端々にその見通しの先進性を感じられるのではないでしょうか。

学ぶほどに見方が変わると思われる、読み返していきたい著作です。

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