1. ウォール街のランダム・ウォーカー
1973年の書版発行以来、投資界隈で読み続けられている本であり、2016年発売の日本語最新版が第11版の訳書になります。ネット証券が台頭し、NISAやiDECOといった個人向けの投資制度も充実してきた昨今、投資についての基礎を身に着けておいて損はないでしょう。年金がGPIFによって運用されるようになったことで、年金の現状について一家言持つにはGPIFのポートフォリオを語れる必要が出てきたため、政治学に興味がある立場としても面白いのではないかと手に取りました。
評価としては微妙だった、というところですね。全般的に誤ったことが書いてあるとは思わないのですが、世界史や経済・金融の知識が全くない人向け(大学で学んでいない人)の説明が全般的に目立つ一方で、前半のほとんどを世界史上に起こったバブル事例の説明に消費してしまうなど、レベルの統一感がない構成になっており、どういった層を満足させられるのだろうという疑問を感じてしまいました。
2. 目次
本書の目次は以下の通り
第1部:株式と価値
第2部:プロの投資家の成績表
第3部:新しい投資テクノロジー
第4部:ウォール街の歩き方の手引
各部は章に分かれておりますがここでは省略。
3. 感想
第1部では主要な投資理論が簡単に紹介された後、世界史上で起こった様々なバブルが紹介されます。
有名なチューリップ・バブルに始まり、ややマイナーなイギリスの南海バブル、そして戦後アメリカの株式市場を黒く彩った公開株ブームやインターネット・バブル、リーマンショックなど。その時々で大衆がどのように熱狂し、その結果として暴落を被って大損したのかが赤裸々に描かれるのですが、そういったバブルは「いまの株価はその株の本質的な価値に釣り合っていないほど高いが、それでも自分より愚かな人間がより高値で買ってくれるだろう」という誤解の積み重なりによって生まれると著者は説きます。
このようなバブルは運用のプロでさえも回避することはできず、素人の場合はなおさらだというのが著者の見立て。これはある意味平凡な見立てなのですが、著者がここまでバブルに固執するのは「ランダム・ウォーカー」という本書のタイトル、そして著者が推す「インデックス投資」という技法がこのバブルと密接に関わってくるからです。「ランダム・ウォーカー」は著者が信奉する「ランダム・ウォーク理論」から採られたもので、これは、市場の日々の値動きというのはほとんどランダムに近く、「超長期的には市場全体の経済成長や企業の収益増加の伸びに収束する」以外の明確な法則を持たないというものです。バブルで狂乱的に上昇してもその後には必ず暴落が待ち受けており、暴落があっても必ず揺り戻しがあるという当たり前のことを言っているのですが、なんだかんだと特殊な理由をつけて日々の値動きを解説したり予想しようとする我々への警句になっております。
そして、「インデックス投資」。本書では後になってからようやく登場するのですが、著者がこの投資方法を推していることはなぜか暗黙の了解となっており、所々で著者がこの投資法を推しているという文脈なしには理解不能なところがあるので第1章を読む前から頭に入れておく方がよいでしょう。投資業界には何百もの株価の動きを一つの指数としてまとめた「インデックス」というものが存在していて(日本では日経平均やTOPIXが有名ですね。米国ではダウ平均やS&P500がこれにあたります)、そのインデックスの値動きに値を連動させるような金融商品に投資することを「インデックス投資」と呼びます。個別の銘柄に直接投資した場合に比べ、そういった商品は個々の企業の業績悪化や倒産など、並みの投資家では容易に予測できない要素によるリスクを取り除きつつ、前述した「超長期的には市場全体の経済成長や企業の収益増加の伸びに収束する」法則からの利益を享受できるわけです。上昇している株と下落している株の株価を全て合わせた加重平均に投資できると考えてもよいでしょう。バブルに見られる華々しい個別銘柄の暴騰と暴落を先に紹介することで、人々がいかに市場の個別具体的な情報に踊らされて偏った銘柄選択をしてしまのうかを示し、「市場平均」に倣えることの価値を炙り出しているわけです。
第2部では「テクニカル分析」と「ファンダメンタル分析」という代表的な2つの銘柄分析方法(投資家の2大派閥といってよいでしょう)を用いるプロのファンドマネージャー達がこれまでどのような成績をあげてきたかが説明されます。
まず「テクニカル分析」とは、株価チャートの形から未来の騰落を予想する方法であり、蛇行する曲線に接線を引いてその上昇・下降具合が今後も続くと見なしたり、X日移動平均を出してこれ以上は上がりにくい・下がりにくい線と見なしたりという具合です。著者がこの手法に下す結論は「事実無根」であり、膨大な過去の株価チャートを収集して分析したところ、次の局面での株価を予測できる一貫した法則はチャートから得られないと断じています。
次に「ファンダメンタル分析」とは、企業の利益予想や財務諸表、企業を取り巻く環境からその企業の「本質的な価値」を見出し、その「本質的な価値」よりも現在の株価が安かったら買い、高かったら売るというもの。原理的な考え方には著者も好意的であり、企業の将来の収益にその企業の株価は収斂していく、という考えはもっともらしく聞こえます。
ただ、「企業の収益を予想する」ということにはプロの運用者といえども困難が立ちはだかっているのが現状だというのが著者の主張です。規制の緩和や強化、新製品の良し悪し、災害、テロ、経営者の交代、不正会計。あらゆる事象を織り込んだ「真に正しい予想」はそれが「予想」ゆえに不可能であり、その不可能さに抗えたファンドマネージャーは皆無なのです。実際、何十年にわたって市場平均を上回り続けたファンドは存在せず、「本質的な価値」を上手いこと捉える方法は誰も手中にしていないと著者は論じます。
第3部では近年登場してきた、(過去の産物よりは)合理的な投資の考え方を分析し、それを通じて「インデックス投資」が良いことを著者が論じます。
多くの銘柄を同時に保有することでリスク(=ボラティリティ)を抑えながらある程度のリターンを追求する現代ポートフォリオ理論。人々の「非合理な行動」には法則性があるとし、その間隙を突くことでリターンを改善できるとする行動ファイナンス理論。そして、「インデックス投資」の発展強化版を謳うスマート・ベータ理論が説明されます。
現代ポートフォリオ理論というのは、例えば、株価が真逆の動きをする2銘柄を持てば、日々の損益がゼロになり、リスク(=ボラティリティ)はゼロになるはず、という仮想を出発点に、「ある程度異なった値動きをするが、長期的にはどれも値上がりしていくだろう銘柄」の組(2つ以上でもよい)を持つことでリスクを極限まで抑えつつリターンだけ得られるはずという理論です。
ただ、実際にはほとんどの金融商品が同方向への値動きをする傾向にあるので、そういった「市場全体」の大きな動向を回避することはできませんが、それでも、個別の銘柄に存在する特定リスクは取り除けるという点で優れています。この考えは市場全体を買うという「インデックス投資」が原理的に取り入れているもので、「インデックス投資」の優位性を示すものになっています。
次の行動ファイナンス理論というのは、上がっている株に根拠なく釣られたり、損失による不幸を過大に感じて狼狽売りをしてしまったり、友人から聞いた偏った情報をもとに投資してしまうというような、一般的投資家のありがちな行動をひとまとめにしたものです。そういった愚かな行動を列挙したうえでそれを回避するよう著者は警告しており、特に過度な売買を重ねることで手数料や税制面で不利になることが投資家に意外にも多くの損失をもたらしていると述べます。
最後にスマート・ベータ理論ですが、これは、「バリュー(割安)」や「小型株(時価総額が小さい株)」といった、長期にわたって市場平均を上回ってきた銘柄に共通の特徴があり、それらの特徴を持った株「だけ」を集めた指数等に値動きを連動させれば、全ての平均をとるような指数に連動させるよりも高リターンが得られるのではないかというものです。ただ、ここでも超長期的に見れば「バリュー」が常に勝ってきたわけではないということや、「小型株」はリスクが高い分リターンも高いだけだということを論証して、結局は市場平均の「インデックス投資」が最良なのだと著者は結論付けます。
第4部でようやく具体的にどう行動すればよいのかが語られます。手持ちの現金を用意しておくことや保険の入り方などの「備え」から話が始まるところがこの本らしいといえますが、リスク許容度に合わせた金融商品選びの方法が具体的に書いてあるのは良いですね。物価連動債のような初心者にはいまいち使い方が分からない商品についても丁寧に解説されています。ポートフォリオとしては年齢別に株式40~70%、債券15~35%、不動産10~15%、現金5~10%が推奨されており、かなり株式が多く、現金が少ない印象です。
バブルの危険性などを強く説いてきた著者ですが、逆に株式市場全体の右肩上がりには強い信頼を抱いている印象で、インデックスファンドへの長期投資によるリスク抑制と確実なリターン享受の可能性の高さが数字で示されます。アメリカ在住であることを前提に書かれているため、個人年金制度や免税債券など日本在住者には使えない制度の紹介もあってそのまま使うというわけにはいきませんが、少なくともこの第4部に書かれているアドバイス通りに運用をしておけば長期には固いリターンが望めるということには説得力を感じます。
ただ、インデックス投資が隆盛する投資界隈において、この部に乗っているような情報がインターネットを通じて手に入らないかというとそこは疑問符ですね。
結論
全体としては、ある程度の世界史・経済・金融についての知識はあるものの、投資に特化した知識には欠けるという人向けの書籍という印象です。この本を一通り理解すれば投資界隈の文脈にある程度通じることができ、冒険的でないながら預金漬けよりも良い投資が始められるものの、全く世界史・経済・金融リテラシーのない人や関心のない人には相当退屈な内容でしょうし、かといってそういったリテラシーのある人は本書無しでも相応の知識を集められてしまうため、本書にたどり着くころには本書の内容を全て知ってしまっているかもしれません。1973年には衝撃を与えた本として、旬の過ぎたかつての古典として読むにはいいのでしょうが、というくらいです。
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