1. 野菊の墓
正岡子規に師事し、歌人として有名な伊藤佐千夫。彼が子規の影響を受けて書いた小説が本作です。
夏目漱石が高く評価したこともあり簡明で読みやすい物語なのですが、やや単調で、恋愛小説ならではの心理の動きという面では淡泊だと思われました。
2. あらすじ
舞台は千葉県松戸のとある村。主人公の政夫は15歳。小学校を卒業し、冬からは市川の中学校に通うことになっている。政夫の家には昔からいとこの民子がよく出入りしていた。二人は大の仲良しであり、民子は政夫にちょっかいをかけたり、政夫の帰りをずっと待っているなど、政夫に好意を抱いていた。
しかし、政夫は15歳であり、民子は17歳。世間体を気にする大人たちは二人にあまり親しくしないよう言い渡す。間を隔てられ、かえって互いの気持ちが恋愛感情なのだと気づく二人。なかなか交際する機会を得られない中で、二人の想いは高まってゆく。
そんなある日、二人は家から離れた田んぼへ稲刈りをしに行くことになる。間接的ながらも互いの気持ちを確かめ合い、二人の結びつきはより強固になる。
だが、二人の帰宅が遅かったことに政夫の母親は激怒。後ろ暗いことなど全くない政夫だったが、予定を繰り上げて中学校に送られることになる。
引き裂かれた二人の運命やいかに......。
3. 感想
いわゆる純愛ものであり、両想いの二人が結ばれるかどうかにどきどきしながら読む物語です。
昨今ライト文芸の分野でも純愛ものが流行っていますが、そういった小説の系譜に位置づけることができるでしょう。とはいえ、時代が時代なので、恋愛の描写は実に繊細優美です。ためらいながら互いの心の琴線にそっと触れ合い、そして羞じらう。歌人である伊藤佐千夫の面目躍如といったところでしょう。
ただ、物語としては「ベタ」で「ありがち」です。驚きはありませんし、ラストシーンも「どうせそうだろうな」といえる結論です。
また、引き裂かれた二人がいっさい疑心暗鬼を持たないところもまた不自然です。民子は政夫ではない人物と結婚するのですが、それでもなお政夫が「民子が僕を思う気持ちが変わっていないはずだ」と思うのは、物語上、実際そうだったとはいえ気持ち悪いと言わざるをえません。
物語の構成や心理描写よりも、古風な恋愛描写を楽しむ。そういった心構えで読むべき小説でしょう。
古典好きなら読んでも損はないのではないでしょうか。
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