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小説 「悲しみよこんにちは」 フランソワーズ・サガン 星4つ

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悲しみよこんにちは
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さらに、セシルがこの作戦に確信を持つのには父のプライドという理由のほかにもう一つ理由があります。それは、父は本当はエリザが好きだし、アンヌのことはそこまで好きではないという予想です。つまり、身を落ち着けるための結婚相手としてしかアンヌを見ておらず、なお本物の恋心はエリザに対して抱いているはずだと。父も世間体を気にして結婚しなくてはと焦っていたりするから嘘の感情で自分を騙した結果としてアンヌを選ぶのであって、心の底を掻き立ててやればまたアンヌを捨ててエリザに戻ってくるはずという算段があるのです。アンヌなどという堅物を選択することは遊び人レエモンにとって気の迷いに過ぎないという予想です。

セシルが考えたこの作戦、実に上手くいってしまうのですが、物事が順調に進むあいだにセシルが感じる葛藤も実に生々しくて鮮烈な印象を残します。決して悪人ではないアンヌの心を弄び、自分によくしてくれる父親の嫉妬心を駆り立てることによって父親自身を悩ませ、大好きなシリルが狂言とはいえ他の女といちゃつくところを見せつけられる。最序盤の完璧な夏に対する喜びとの対照は烈しく、セシルにすっかり感情移入して一緒に悶々としてしまいました。崩れていく完璧な夏、少女の焦燥と嫉妬、憎悪、そして初めて感じる本物の「悲しみ」。「人生」というものがここにあると思わせてくれる作品です。

そして、最後の最後におけるタイトル回収もお見事。「悲しみよこんにちは」というフレーズをこんなにも鮮烈で切ない方法で使ってくるとは思いませんでした。まさに序盤から終盤まで完璧に近い小説だと言えるでしょう。

というわけで、ここまでベタ褒めなわけですが、敢えて星を1つ減らした理由を最後に述べましょう。本作、描写の完璧さは確かなのですが、物語がちょっと一本調子だったかなという印象を受けました。「父とアンヌを別れさせる作戦」は順調に進むのですが、この作戦が物語の軸になっているわりには順調に進み過ぎて単調な物語になっています。この作戦が一度は躓いて、そこから起伏が生まれて最後はどんでん返しで上手くいく、なんて展開だったらもっと面白かったのにと思います。とはいえ、上述した通り、順調に進むからこその葛藤という心理描写には痺れるものがあり、順調に翳りなく進んでいることさえ小説の魅力に貢献させているという側面もあるため、ダメだと言い切るのも難しいとは思いました。総評としては、星5つにかなり近い星4つです。

フランソワーズ サガン (著), Francoise Sagan (原著), 河野 万里子 (翻訳)

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