1. 茄子 スーツケースの渡り鳥
自転車競技を題材とした2007年公開のアニメーション映画で、以前に本ブログでも紹介した「茄子 アンダルシアの夏」の続編となっております。監督は前作と同じく高坂希太郎さん。スタジオジブリのスタッフとして数々の有名作品に参加されております。「茄子 アンダルシアの夏」の感想はこちら。
舞台をスペインのアンダルシアから日本へと変えた本作ですが、様々な意味で前作よりしぼんでしまった印象です。手軽に見られる娯楽作品ではありますが、インスタントな楽しみの後に残る感慨は少なく、あまりにも「重み」に欠けていると感じました。
2. あらすじ
グランツール(三大大会)の一つであるブエルタ・ア・エスパーニャを制したペペ・ベネンヘリはチーム「パオパオビール」の一員として戦歴を重ね、ブエルタ・ア・エスパーニャ以降優勝こそないものの各大会で上位に入ることで順調にポイントを獲得していた。
そんなペペたち「パオパオビール」が次なる参加大会として選んだのが、栃木県で開催されるジャパンカップ。スーツケースを手に飛行機で日本へと渡った一行だが、実は渡航直前にロードレース界ではある事件が起きていた。
それは、往年の名選手で世界王者にも輝いたこともあるマルコ・ロンダニーニの自殺。パオパオビールの一員であるチョッチはロンダニーニと同郷で親交もあり、この事件が彼に与えた衝撃は小さくないはずだとチームメイトも感じている。
ロンダニーニと同様に名選手とされながらも、近年は成績下降気味のザンコーニなども迎えて始まったジャパンカップ。雨天に漂うアクシデントの予感。ペペたちは久方ぶりの優勝を遂げることができるのか......。
3. 感想
前作「アンダルシアの夏」では主人公であるペペの身辺事情(リストラの危機・兄の結婚・故郷であるアンダルシアでの恋や兵役の記憶)が物語の「暗」となることでレースにおけるペペの踏ん張りと勝利への道のりという「明」を際立たせ、ある程度物語にテーマ性を与えていたのですが、本作ではそういった深みが完全に欠落してしまい、浅い娯楽作品としての側面が強くなってしまっているという印象です。
チーム「パオパオビール」は解散が決まっており、ペペやチョッチはまだ新しい所属先が決まっていないこと、レーサーからの引退を仄めかすチョッチの姿、レース中に奇行を見せるザンコーニなど、なんとなくロンダニーニの死が影響したのかなと思わせる展開がありながらもそういった要素を上手く物語全体の盛り上がりや深遠さに結び付けられておりません。勘違いした自称前衛芸術家がやってしまうような、深い意味があっても分かるはずもない「仄めかし」に留まっており、物語に起伏を与えるために用意されたはずの場面が全く胸に残らないままレースだけが淡々と進行する印象です。
もちろん、「淡々」とはいえペペの転倒や最後のスプリント競争など自転車レースらしい見せ場は存在します。ただ、前作ではそれこそペペが単独先行しながら砂漠の中を孤独に漕ぎ続け、そこで過去を回想するようなしっとりしたシーンがあるからこそ、その反動として、これはペペの人生逆転をかけた情熱と哀愁のレースなのだと視聴者が実感できたのです。そういった「物語」要素の薄すぎる本作は単に自転車レースを見せられているだけといった様相が強く、確かにレース自体は前作同様リアル感のある描き方で面白いのですが、それならば現実にテレビ中継されているロードレースを見る方がよほど興奮できるでしょう。わざわざフィクション作品の題材としてロードレースを取り上げるならば、単にロードレースを展開するのではなく、ロードレースという要素を活用した「物語」が展開されていなければ意味がありません。
また、本作唯一の「明」要素であるペペの恋ですが、ここも「仄めかし」過ぎて全く印象に残りません。本作において幼稚な「ヒロインっぽい」キャラを出す必要はあったのかは疑問点です。このパートを削って他の要素を入れた方がテンポを失うことなく物語の核心について深めることができたのではと思ってしまいます。
4. 結論
もちろん、タイトルである「スーツケースの渡り鳥」が食事制限などに苦しみながらも世界中を転戦して過酷なレースを続けるロードレーサーたちのことを意味しており、その「苦しみ」に負けてロンダニーニが自殺してしまったり、チョッチが引退を考えたり、逆に終盤におけるチョッチの「ペペ、楽したいよな」という台詞をペペが拒絶して風除けを続ける場面の痛切さに表れているというのは分かります。たった54分の作品の中でレースの興奮とレーサー人生の哀愁を詰め切るのは難しいということも分ります。決して駄作ではありません。ただ、「普通」「凡庸」を越えて何か心に訴えかけてくるものはなく、星2つが妥当でしょう。
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