第4位 「アルジャーノンに花束を」ダニエル・キイス
【知性を得た元知的障がい者の幸福と苦悩】
・あらすじ
チャーリィ・ゴードンは知的障がい者で、ビークマン大学知的障がい者成人センターに通いながらパン屋で下働きをしている。
読み書きも碌にできない彼だったが、ある日、ビークマン大学の二―マー教授とストラウス博士からある実験への協力を求められる。
それは、チャーリィの知能を劇的に高める手術のドナーになって欲しいというものだった。
手術を受けたチャーリーの知能はゆっくりとだが確実に向上していき、最終的には天才的な知能を得ることに成功する。
しかし、だからこそ、彼には苦難の時間が訪れるのだった。
あまりの知能の違いから人間関係に破綻が生じ始め、社会の欺瞞に気づくたびに葛藤する。
高すぎる知能と、それに付随して生まれてきた高すぎる自尊心が彼の性格を捻じ曲げていく。
そして、ニーマー教授が実験の「成功」を発表する学会に彼を同行させたとき、「実験台」として紹介された彼の怒りは頂点に達してしまい......。
・短評
まずは発想の勝利とでも呼ぶべき本作の設定が称賛されるべきでしょう。
知的障がい者が特別な手術を受けて並以上の知能を得る。
それは彼も望んでいたものだったが、事態は彼の思うようには運ばない。
知能を得たことで友情や恋愛の機微に葛藤し、自分を取り巻いている社会の欺瞞が見えてしまう。
そして彼自身も、知能を得たことで彼らしい良さを知らず知らずのうちに失っていってしまう。
こんな物語があると聞かされて、わくわくしない物語好きはいないでしょう。
「知的障がい者を主人公に、彼が一時的に知能を得ることで起こる波乱」という斬新で惹きつける設定は見事としか言いようがありませんし、たとえ思いついたとしても、まともに読めて辻褄の合う物語を形成することは困難です。
その点、本作は辻褄が合うどころか、チャーリーが「天才」の視点を得ることにより、知能ではなく優しさによって社会が動いていることを知っていく過程が魅力的に描かれています。
これまで「天才」的な人物なのだと崇めていたニーマー教授とストラウス博士が実は「凡人」なのだということに気づき、いったんは彼らを見下すチャーリー。
しかし、その見下という感情こそが彼の美点を喪わせていく。
凡人同士の社会においては、お互いの欠点を認めて補い合い、支え合ったり、時には見て見ぬふりで自尊心を持たせ合ったりして関係性を維持しています。
ただ、知的障がい者として青春を過ごしたチャーリーにはその感覚がありません。
知能への憧れだけが膨れ上がっていたチャーリーがその「知能」を手にしたとき、「知能」だけを基準に他者を見下すようになったチャーリーに悲惨な運命が待ち受けているという皮肉な展開は秀逸です。
優しさと切なさを感じられるSF作品として、定番の古典とされていることに十分納得できます。
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