2006年に第13回電撃小説大賞を受賞し、2007年に発売されたライトノベルです。
今日でも人気は非常に根強く、2020年から2022年にかけて漫画版が白泉社の漫画雑誌「LaLa」で連載されたほか、2022年3月には完全版が発売されるなど、ライトノベルの古典として定着している感もあります。
特徴的なのはなんといってもその作風でしょう。
バトル中心の異世界ファンタジーか学園モノが主流だった時期にあって、童話風の優しい作風で電撃小説大賞を受賞したことそのものが話題となった作品でした。
出版された際にも、挿絵が用いられず、表紙には美少女や武器が描かれないどころか、抽象的な画風で夜の森と人影だけが描かれているというライトノベルとしては非常に攻めた形でプロモーションがかけられたことも、さすが電撃文庫だと思わせるような斬新さがありました。
私も発売当初に一度読んだことがあり、それ以来の再読となりましたが、その作風の独自性はいまなお存在感を放っていると言えるでしょう。
ただ、一つの物語としては、露骨に「優しい」物語過ぎる側面が鼻につきます。
発想としては悪くないものの、もう少し盛り上がりどころを備えられなかったのか、と思ってしまうような惜しい作品です。
あらすじ
ある日、魔物たちが暮らす森を一人の少女が訪れる。
その少女は両手両足に鎖を纏い、額には「332」の焼き印がある脱走奴隷だった。
魔物を統べる存在である「夜の王」との邂逅を果たした少女だったが、命乞いをすることはなく、それどころか、こんな願いを口にするのだった。
「あたしのこと、食べてくれませんかぁ」
なにゆえか森での生活を許された少女はしかし、長年の習慣からか自分を価値ある存在だとは認識できない。
その一方で、「夜の王」は少女が持つ純粋な優しさに心惹かれていくのであった。
しかし、「夜の王」と少女との不思議な均衡が森を支配していた日々も長くは続かない。
人間の少女が魔物たちの暮らす森に迷い込んでしまっているという噂が「王国」にまで届いており、聖騎士による救出作戦が始まろうとしていたのだ......。
感想
露骨なまでに強調された少女の「幼さ」や「純粋さ」に耐えられるか否か。
その点がまず本書を評価する際の分水嶺となるでしょう。
人によっては激しく嫌悪感を覚え、最初の数ページで読破を諦めるかもしれません。
私はすぐに慣れましたが、とはいえ、奴隷として育てられた少女が温もりを感じられる場所を得て幸せに暮らしました、というだけでは芸がないだろうと思いつつ読み進めていくと、その通りの展開になってしまったので物足りなさを感じてしまったのが正直なところです。
凶悪に見えて実は優しい心を持っている「夜の王」と、聖騎士でありながら不要な暴力を嫌うという人格者のアンディと、やはりどこまでも純粋で優しい心を持つその妻のオリエッタ。
そして、手足が不自由な王子と、そんな王子の将来を心配している、これもやはり性根は非常に優しく正義の心を持っている国王。
そんな人々の優しさが、そのあまりにピュアな優しさだけが滲み出る物語となっており、それこそ、社会の世知辛さや人間関係の複雑さ、人間の醜い側面、それらを乗り越えていかなければならない人生の困難さ、それを乗り越えるための知恵と勇気といった、通常の小説でテーマになり得るはずの論点がひたすらな優しさの連鎖によって無効化されてしまっている点が読んでいて面白味に欠けると感じてしまいます。
これはこれで「いい話」であり、ありきたりな童話風物語としての価値はあるのかもしれませんが、本作を読んで「泣いた」などと言われてしまってはあまりにも純情過ぎて逆に人格を疑ってしまうほどです。
全体として「都合の悪い展開」がなさすぎてハラハラドキドキな興奮を感じづらい作品であり、少女が抱えている奴隷としての過去は胸糞悪いものであるものの、それが物語の展開に活かされていると感じる場面はあまりなく、同情を誘うためだけのお涙頂戴的な設定に留まっている点が実に惜しい。
最終的に少女と「夜の王」が共に幸福な時間を過ごすというエンディングまでの道筋には確かに紆余曲折が存在しているものの、登場人物たちが余すことなくお人好しで、そのお人好しさだけで事態が解決してしまう流れにはさすがに感動できなかった、というのが正直な感想です。
温かく優しい、ただそれだけの物語を求めているのならば嗜好に合うでしょうが、あくまで異色作であり、一般的観点から見て面白いと評価できる作品ではないと思います。
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