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新書 「江戸東京の明治維新」 横山百合子 星2つ

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江戸東京の明治維新
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1. 江戸東京の明治維新

帯の煽り文は「150年前の胸に刺さる現実」。明治維新といえば通常、政府高官として新しい日本をつくりあげていく明治の元勲たちに焦点が当たるか、もしくは、幕府側の将軍とその側近であったり、最後まで佐幕派として戦った武士たちに焦点が当たるかの2択になってしまいがちなところ、本書は旧江戸・新東京に生きた庶民たちの生活について説明しようとしているという点で差異化が図られております。

著者は国立歴史民俗博物館教授の横山百合子さん。東大の学部を卒業後、社会科教員として勤めた後に博士課程を経て大学教員としてのキャリアを歩み始めたという人物です。本筋からは逸れますが、リカレント教育の重要性が盛んに言及される中で、今後、日本でもこのような経歴を持つ人が増えるといいな感じます。

そして肝心の中身ですが、題材は新鮮だけれどもやや散漫というイメージ。庶民の生活変化の全体像をとらえるというよりは事例集という形式になっており、下級武士の誰それはこう生きた、遊女の誰それはこう生きた、賤民の誰それはこう生きたというような記述が続きます。その生き様の書かれ方は具体的で面白いのですが、それこそ下級武士・遊女・賤民というある種のテーマに収まった人々とその業界の変化という色合いが強く、本当の庶民(普通の人)であるはずの商人や職人、農民についての言及が薄かったと感じます。

2. 目次

第1章 江戸から東京へ
第2章 東京の旧幕臣たち
第3章 町中に生きる
第4章 遊郭の明治維新
第5章 屠場をめぐる人々

3. 感想

第1章は明治維持により変化する武家屋敷の様子と江戸を追い払われる諸藩武士たちの苦難、第2章は旧幕臣のなかでも身分が高くなかった者たちの江戸での運命、第3章は「床店」を営む商人たちの取り扱いの変化、第4章は遊郭政策に翻弄される遊女の悲哀、第5章はいわゆるえた・非人身分だった人々の維新後の暮らしが記載されています。

第1章は明治維新が起きたことで参勤交代等も必要なくなり、諸藩の武士たちが江戸からそれぞれの藩に帰郷してしまったため江戸の人口は激減しましたよという話。帰郷に苦労する武士の小話も載っておりますが、あくまで武士階級の話であり、庶民の話ではないのでなんだかなぁという感想です。

第2章は東京に残った武士たちの苦労話です。維新直後、江戸に本拠を置いて勤めていた旧幕臣たちは次々と失業し、維新の混乱の中で脱藩脱籍した者もそこに加わって浮浪武士たちが江戸の治安を悪化させていきました。そこで、幕府は旧幕臣たちを政府の官職に就かせることにしたのですが、焦点となったのは旧幕臣たちが江戸時代から拝領していた土地や住居をどのように扱うかという点。居住地と住民を一致させて戸籍を整えようとする政府と、新時代における土地の価格変化に反応し、不動産取引を盛んにさせていく武士たちのとの鍔迫り合いが詳細に記述されています。歴史を扱ううえでは欠かせない戸籍編纂で、明治初期の江戸における戸籍づくりの難しさについては初めて読みましたが、単に近世~近代社会において戸籍づくりは難しいという域を出ない記述だったという感想です。

第3章には不動産賃貸や商店の取り扱いについての話が載っており、ようやく庶民の話が出てきたなという章です。地主が家守を雇って地代を徴収させていて、その家守の権利が株のように売買されており、家守が下家守を雇うなど徴収関係の重層化も見られたという点は面白いですね。「権利の売買」のような複雑な商売が成り立っている点に江戸時代がいかに政治的に安定していたかを感じ取ることができます。江戸時代ではそんな家守たちが管轄する地区の行政を江戸幕府の代理人として担うという近世的身分制度が成り立っていたのですが、明治政府はそれを認めず、あくまで行政は官職者が行い、家守たちは単なる商売人であると認定したのです。職業集団的身分集団による秩序から中央集権政府による秩序への移行、なんとも近代国家の幕開けという様相ですよね。

また、章の後半では家屋正面の道に店を開店する「床店」という形態の商売について語られます。道路の清掃や補修、喧嘩仲裁から行き倒れ人の介抱まで、道路の維持管理責任を負う代わりに公有地である道路を占拠しての商売が認められていた江戸時代に「床店」は発展したのですが、個々の「床店」を運営する床商人はいわばフランチャイズオーナーであり、床所地主に上前を納めておりました。床商人たちは維新を機に中抜きを無くしつつ土地の借地権を得ようと画策し、明治政府への直接納金を嘆願するのですが、明治政府はそれを却下し、床所地主の取り分を維持しつつ、床商人にも床所商人にも借地権を認めないという決定をします。秩序維持・混乱防止と近代国家への脱皮を両方とも成し遂げなければならない明治政府の苦悩が表れていますね。

第4章は遊郭で勤めていた遊女たちの話です。江戸時代には吉原が遊郭経営の独占権を与えられ、遊女の売買が公然と行われておりました。寺社や豪農も遊郭への融資で儲けていたというのですから驚きです(この際、遊郭の各店舗は寺社や豪農にとっては資産価値の低い遊女の身体を担保に入れてお金を借りておりました。これは、別の店を保証人にして、焦げ付いた際にはその店が遊女を引き取れる仕組みとセットで成り立っていたのです。借りたお金は遊女を買う際の前払い金に使われておりました)。

そして、そんな人身売買を明治政府は認めず、自らの意志で遊女になった者以外を遊女として働かせることを禁止したのです。しかし、この法律が実際に効力を発揮したかというとそうでもなく、本書で取り上げられている遊女かしくはこの法律を利用して遊女身分から脱却しようとするのですが、あの手この手で遊女生活を続けさせられるのです。

また、江戸時代は遊女として働くことの社会的なスティグマが薄かったのに対し、明治政府が定めたこの法律によって遊女=淫売女という図式が成立してしまい、以来、風俗店で働く女性に対する差別が強まったという指摘もなるほどなという印象です。

第5章はいわゆるえた・非人と呼ばれる人々の生活について記載されています。 屠殺や皮なめしを職業としていた彼らは、江戸時代においては身分集団としての自治権を得ており、屠殺や皮なめしの利益を独占する代わりに、衛生的な肉や皮の流通に責任を負っておりました。

しかし、明治時代になって食肉需要が伸びる中、明治政府は官許屠牛会社を設立して屠牛業の独占を行ってしまいます。食肉の痛みやすい昼に屠牛を行い、営業は9時5時など、産業への無理解極まる経営に食肉商人らの反発が高まっていく、しかし、政府は無理解な態度をどんどん悪化させていく、という様子が本章の内容。「良きにつけ悪しきにつけ、身分集団による『仲間内』統治が次々と解体されていき、中央集権的な近代国家の行政システムへと改められていく。その中で混乱する人々の苦労」が全ての章に共通する内容であり、著者も随所で言及していることを鑑みれば、これが本書の言いたいことなのでしょう。

4. 結論

悪くはないのですが、やはり包括性が欠け、斬新さもそこまでという印象です。冒頭にも述べた通り、個々の事例紹介にとどまることが多く、江戸・東京の庶民生活「全体」が見えづらいうえ、著者が強調したいと思われる「身分集団統治の解体」も近世から近代への移行という文脈では定番でしょう。それ以上の何かがなければあっと言わせるような書籍になりません。普通という意味で星2つが妥当でしょう。

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