小説 「イリヤの空、UFOの夏」 秋山瑞人 星5つ

イリヤの空、UFOの夏
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1. イリヤの空、UFOの夏

夏になったら必ず読み返す、素晴らしい作品です。

ボーイ・ミーツ・ガール、ひと夏の思い出、そしてUFOとくれば心をくすぐられる名作の匂いしかしないのですが、まさにその期待を裏切らない、ライトノベルが生み出した金字塔の一つと言えるでしょう。

2. あらすじ

夏休み最終日、「めちゃくちゃ気持ちいいんだぜ」と誰かが言っていたことを思い出した浅羽直之は自分が通う中学校のプールに忍び込む。

しかし、そこには先客がいた。ご丁寧にもスクール水着に水泳帽という姿でプールサイドにいた少女は泳ぎ方を知らず、浅羽は水泳を教えることになる。

そして、「いりや、かな」と名乗ったその少女は、なんと翌日、「伊里野加奈」として園原市立園原中学校へ転校してきたのだ。もちろん、単なる転校生のはずがなく、その少女には大きな秘密があって……。

緊迫する世界情勢と、「北」への爆撃再開。
個性豊かなクラスメイト達と、学校非公認の新聞部。
ちょっと「おかしな」現代を舞台に、終わらない夏の冒険が始まる。

3. 感想

全四巻で完結しており、第1巻~第3巻の途中までは、転校してきたちょっと変わり者の美少女、伊里野加奈が起こす騒動を中心にしたコメディタッチの連作中編が続き、第3巻の途中からは浅羽と伊里野が逃避行を繰り広げる長編(かつ完結編)が描かれています。

まず、作品第一の魅力を挙げるとするならば、登場人物たちの「青臭さ」でしょう。青春ものの小説と言えば、爽やかなキャラクター達のキラキラ輝く日々を描いたものと、やや鬱屈した内面にスポットを当て、思春期ならではの悩みや影を描いたものが多いと思われますが、この作品はその両者のいいところをとっているといえます。

主人公の浅羽はとにかく無力です。伊里野は園原市にある軍事基地、園原基地と何らかの関係があり、それによって様々な自由を奪われていたり、健康を害していたりすることが序盤から仄めかされるのですが、浅羽は伊里野がピンチに陥るたびに自分の力ではそれがどうしようもないことなのだと痛感させられます。

しかし、そういった経験がバネになり、十代前半の少年ならではの情熱が相まって、物語中盤から、浅羽は伊里野と軍からの絶望的な逃避行へと身を投じます。その中で懸命に伊里野を守ろうとし(単に物理的に守るというだけでなく、伊里野がこれまで経験できなかった幸せを感じてほしいという意味でも伊里野の保護者であろうとする)、無力ながらも泥臭くあがこうとする姿に感情を揺さぶられるのです。

あまりに才能を持っていたり、あまりに活動的であったり、逆に屈折しすぎた主人公でも、読者はそれを、「作り物」のエンターテイメントとして、ある種、現実と分けて見てしまうでしょう。しかし、浅羽は無力でありながら、それでも必死に痛みや苦しみを乗り越えて伊里野を救うチャンスを掴みにいく。そんな姿に、「もう少しやれたかもしれない自分、もうちょっと頑張れたかもしれない自分」を読者は重ね合わせるのではないでしょうか。

また、脇役も魅力的です。成績優秀、運動神経抜群にして容姿も男前な新聞部部長、水前寺邦博はしかし、エスパーやUFOといったオカルト的なことに本気で熱をあげますし、西久保、花村という二人の級友は、下ネタ好きで、仲間思いの、いい意味で「中学生」です。また、浅羽の幼馴染、須藤晶穂も、自分自身や浅羽、そして伊里野に対して素直になれない気持ちを当初は抱きながらも、作中でそういった気持ちに向き合い、乗り越えようとします。

登場人物たちは非常に個性的、なのですが、それは近年のアニメやライトノベルによくみられるようなステレオタイプ的なものではなく、かつ、特定の層だけを狙った寒いノリなどもありません。ほとんどの読者が、すべての登場人物の中にどこかしら「自分」を発見してしまうのではないでしょうか。それくらい、フィクションのキャラクターとしての現実離れ要素と、ふと胸を衝かれるような現実的な要素とが巧妙に混ぜられ、読者を物語に引き込みます。

ずっと「軍」の、それも非常に特殊な環境の中で過ごしてきた伊里野と、浅羽を含む園原中学校の面々との間で芽生えた友情にさえ満たない何かと、友情を超えた深いつながりを感じ続けた読者には、ラストシーンの感慨はひとしおのはずです。

近い将来中学生になる、いま中学生である、そして、かつて中学生だったすべての人にオススメできる、熱くて爽やかで切なくて物悲しい、青春の光陰が詰め込まれた小説です。

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