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小説 「李陵・山月記・弟子・名人伝」 中島敦 星4つ

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山月記
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1. 李陵・山月記・弟子・名人伝

高校の教科書掲載作品としてお馴染みの「山月記」ほか、中島敦の代表的作品を連ねた短編集です。「李陵」及び「山月記」は巻末の「参考文」にある通り実在する中国の古典を改変したもので、オリジナル作品かと問われれば結構答えに窮するのではないかと思うのですが、「山月記」の教科書掲載によりフィクション作家として多くの人に名前を知られているのが中島敦という小説家です。

「山月記」はやはり名作で、多くの(国語・文学好きの)心を掴んで離さない作品としてこれからも輝き続けるのだろうと思わされました。それ以外では「名人伝」がそれなりに楽しめましたが、そのほかの作品は淡々とし過ぎてあまりよく分からなかったというのが正直な感想です。

2. あらすじ

・名人伝

紀昌という男が天下一の弓の名人を目指し飛衛という名手に弟子入りする。しかし、飛衛は紀昌に弓を持たせず、基礎訓練として瞬きをしない訓練や視力を上げる訓練を命じるのだった。紀昌は素直に従い、鍛錬を続けること五年、ついに飛衛から奥義伝授を許可され、瞬く間に腕前を上げていく。最後には飛衛との弓対決を制するまでになった紀昌。彼はさらなる高みを目指し、飛衛の紹介で西は霍山の頂に暮らす名人の中の名人に会いに行くのだが......。

・山月記

李徴は若くして官吏登用試験に合格。新進気鋭の若手官僚となるも、その地位に満足せず職を辞し、山に籠って詩作の道を歩むことにした。しかし、詩作では名を上げることができず、次第に生活さえ苦しくなってくる。ついに李徴は発狂し、ある夜、訳の分からないことを叫びながら山中に消え、以来、人里に姿を見せなくなってしまう。

そしてある日、袁傪という官僚が供を引き連れて道を歩いていたところ、叢から一匹の狼が躍り出てきた。狼はあわや袁傪に襲いかかるという素振りをしながらも身を翻し、叢に帰っていく。叢から聞こえる「あぶないところだった」という人間の声。咄嗟に思い当たった袁傪が「その声は、わが友、李徴子ではないか?」 と叫んで問いかけると......。

3. 感想

・名人伝

「本当の名人は弓矢を持たずとも心の矢で的を射ることができる」というバトル漫画にありがちな設定の元ネタ(おそらく)で、紀昌の特異な訓練方法や弓を持たない名人という振舞いのシュールさと、それに対する周囲の反応の滑稽さが笑いを誘いつつもある種の迫力を感じさせて面白いです。

プロスポーツ選手には日常生活の中でその競技の動きを意識しているという人もいるようですが、やはり、「自分という人間がその競技(=弓矢)を行う」という意識や身体の動きではまだ一流とは言えず、「自分自身がその競技(=弓矢)に成り果ててしまう」というくらいの状態になってはじめて一流のパフォーマンスというものが実現するのかもしれませんね。その競技が自分の外側にある状態から内側にある状態になる、と表現すると、いわゆる「ゾーンに入る」という言葉を思い出します。最終盤の紀昌はきっと、24時間「ゾーンに入った」状態に違いありません。

・山月記

思春期の心も中年の心も深く抉ってくる名作です。李徴は「自分の中に虎がいた」という旨の発言を作中でいたしますが、本作を読んで影響を受けた人間は以来ずっと「自分の中の李徴」を意識してしまうのではないでしょうか。そんな「虎」が象徴する「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」は実に普遍的なレベルで、極めて的確に人間心理を表現した名句だと言えるでしょう。

また、大人になると李徴の話を聞いていた袁傪の心情を汲み取りたくなるものです。作中で袁傪の立場や心情が詳細に述べられることはないのですが、上の命令ににへつらう賤吏になることを嫌って職を辞した李徴のカウンターパートとして登場するのですから、きっと、官吏登用試験に合格しながらもその先で待っていたのは上司に顎で使われ理不尽で不合理な命令をこなす職場であり、そんな職場に義を曲げてでも甘んじているのが袁傪なのでしょう。そんな袁傪だからこそ、もしかすると、李徴のことを立派な人間だと思ったのではないでしょうか。私たちが教科書を読んで初めて「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」という言葉で自分の中にあるもやもやとしたものをはっきりと言語化されて衝撃を受けたように、 袁傪もまた、このとき初めて真理を端的に言い当てるその名句に衝撃を受けたのではないでしょうか。

だからこそ、最後のシーンで袁傪が見せた涙には旧友との永遠の別れを悲しむ気持ち以上のものがあったに違いありません。

4. 結論

星4つは「山月記」のみの評価です。他の作品は「名人伝」が星3つ、「李陵」が星2つ、「弟子」「悟浄出世」「悟浄歎異」が星1つですね。それでも「山月記」は幾度となく読み返すべき名作だと思いますし、「山月記」を手元に置いておくためだけに買うのも悪くはないでしょう。

☆☆☆☆(小説)中島敦
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明日も物語に魅せられて

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