小説 「夏の砦」 辻邦生 星1つ

夏の砦
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1. 夏の扉

1960年代から70年代にかけて活躍した小説家、辻邦夫の作品。「初期の最高傑作」と評されることが多いようです。他には毎日芸術賞を獲った「背教者ユリアヌス」、谷崎潤一郎賞を獲った「西行花伝」が有名でしょうか。とはいえ、川端康成や三島由紀夫のようなビッグネームと比べると現代までその名前が残っているとは言い難いかもしれません。

さて、肝心の内容ですが、いかにも古い文学作品という様相です。文体や情景としての美しさはあるものの、物語としてはとりとめのない話が続きます。確かに場面場面の読みごたえはあり、文学作品として本作を好む人がいるのは分かりますが、私の個人的な嗜好や物語を楽しむという本ブログの趣旨からすると星1つになるかなといったところです。

2. あらすじ

デンマークで織物工芸を学んでいた支倉冬子(はせくら ふゆこ)という女性がある日、ヨットで孤島へと旅立ったまま消息を絶ってしまう。彼女の遺品を収集し、整理する「私」。その記録からは、冬子の生い立ちや、彼女の人生の契機となる「グスターフ候のタピスリ」という作品との出会い、そしてデンマークで育んだギュルテンクローネ姉妹との友情が伺い知れる。

芸術に人生を捧げた女性の儚く切ない生涯と、彼女の生き方に影響を与えた人々の面影を描く。

3. 感想

現代ではあり得ない(きっと商業出版はされない)と言っていいような、古典文学の時代だからこそ許されていた構成の小説です。突如失踪してしまった若い女性の生涯を辿っていくという体裁をとっているのですが、なんと幼少期の話で小説のほとんど半分を占めています。それも、ドラマや起伏のある物語ではなく、家族や友人、召使いやその子供との取り留めのない交流が延々と描かれます。もちろん、その描かれ方は実に耽美なものなのですが、これといって取り上げることのない内容ばかりで、結局、いったい何がしたかったのかという話になっています。現代の小説や漫画を読み慣れた読者であればあまりのつまらなさに途中で投げてしまうかもしれません。幼少期独特のたわいもない楽しみや得体の知れない残酷さ、それらに対して大人になってから感じる郷愁。そういった感情にうまく浸ることができなくては本書を読み進めることは難しいでしょう。

それ以外の部分では、デンマークでのギュルテンクローネ家との出会いや、「グスターフ候のタピスリ」という芸術作品にまつまる話が展開されます。

ギュルテンクローネ姉妹との交流話では、妹のエルス・ギュルテンクローネが寄宿学校を抜け出して冬子の入院する病院に侵入してくることで出会い、そのことがきっかけで姉妹と親交を深めていく過程はまずまずスリリングな側面があり楽しめました。しかし、それ以上の進展はなく、あとは抽象的な会話やギュルテンクローネ城の情景描写があるだけでなかなかに退屈させられます。

そして極めつけは、「グスターフ候のタピスリ」に描かれている十字軍時代の貴族グスターフ候の英雄譚。ちょっとした挿話かと思いきや、これに丸々一章割くのですから驚きです。「三本の矢」のたとえが出てきたと思ったら毛利三兄弟の生涯で一巻分使ってしまいました、というレベルの暴挙だと言えばよいでしょうか。グスターフ候の英雄譚自体はそれなりに面白く、特に死神との決闘十連戦は読みごたえがありましたが、物語全体からすれば「だから何?」という話になっております。毛利三兄弟の生涯にはもちろん面白いところがあるのでしょうが、それって小説や漫画の本筋とは全く関係のないことですよね、というわけです。(「タピスリ」は英語の「タペストリー」と同意で、このような芸術作品のことです)。

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ただ、この小説はそれで合っているともいえます。本作は支倉冬子の感性を磨いたあらゆる事象について辿る記録の話なんだということは冒頭で語られますから、冬子の感性に影響を与えたと思われるあらゆる事象が散発的に出現しては消えるという体裁で間違いではないのです。間違いではないのですが、なにか一本筋の通ったストーリーも起伏もなく、ひたすら散漫に冬子の記憶案内をされるのはかなり辛いところがあります。

4. 結論

というわけで星1つなのですが、いい意味での驚きも同時に感じました。「物語」というよりは「芸術家の卵である一人の女性の心を突き動かした名シーン集」のような小説です。こういう作品が一時期とはいえ文壇で良作と持て囃された時期があるのかと思うと面白いですね。"古典"文学を体感してみたいコアな本読みの方は読んでみるとよいのではないでしょうか。

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