小説 「あすなろ物語」 井上靖 星3つ

あすなろ物語
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1. あすなろ物語

歴史小説を中心に名作が多い井上靖さんの自伝的小説です。

外国語に翻訳された小説も多く、ノーベル文学賞候補だったいう話もあるくらい実力のある作家。本作でもその力量は遺憾なく発揮され、情動と苦悩の青春が抒情的な美しさで綴られています。

ややご都合主義的な場面や詩情を優先したあまりの非現実的な描写も見られますが、全体としてはかなりの良作です。

2. あらすじ

主人公、梶鮎太が13歳になった春。土蔵での祖母との二人暮らしに、一人の闖入者が現れる。突然現れた十九歳の少女、冴子。彼女は女学校を停学になり、梶家へ一時的に身を寄せることになったのだった。

都会的な雰囲気を纏い、はっきりとした物言いの冴子に鮎太は困惑する。

そんな冴子が好意を抱いているのが、近くに住む大学生の加島。冴子の手紙を加島に届けに行く任を負った鮎太は、そこで聞いた冴子や加島の言葉に影響を受け、少しずつ変わり始める。

そんなある日、ひょんなことから手紙が加島の母に渡ってしまい、二人の仲に危機が訪れる。果たして、二人の運命やいかに。そして、結末を見た鮎太が感じたことは……。

激動する時代の中、少年鮎太が青年になるまでの過程を描いた連作中編集。

3. 感想

13歳から始まり、中学校、高校、大学、そして社会人になっていく鮎太の成長が、それぞれの時代を切り取った六編の中編で描かれています。

何といっても印象的なのが、タイトルにある「あすなろ(=翌檜)」の意味です。

「あすは檜になろう、あすは檜になろうと一生懸命考えている木よ。でも、永久に檜にはなれないんだって! それであすなろうと言うのよ」

第一編で冴子が鮎太に残したこの台詞。明日は大人物になってやろうと、もがき、背伸びする。

どの物語も、そんな人物たちの熱情と悲哀にスポットが当たっています。彼/彼女らとの出会いと別れが鮎太に様々な影響をもたらし、青春の抑えきれない衝動と陰鬱、恋と喧嘩が物語を彩ります。そんな登場人物たちが、弱い部分を抱えながらも一生懸命に人生を生きていく姿。それこそが、時代を超えて読者の共感を誘う要素になっているのです。

ゆえに、思わずぐっと引き込まれる場面も多く、非常に面白い作品だといえるでしょう。

ただ、終盤になるにつれご都合主義や偶然が目立つようになります。第五編「勝敗」における電車での左山町介との出会いなどはかなり唐突な印象を受けました。

また、第四編「春の狐火」における清香の行動はあまりに非現実的すぎ、清香との情事を通じて鮎太の佐分利信子への想いが簡単に消えてしまうのもそれまでの描写の濃度からするとかなり違和感があります。

第六編、「星の植民地」では主人公が観察者的な位置に押しやられてしまっているのも小説としての躍動感にやや薄さをもたらしてしまっていて、全体的に尻すぼみの印象。

とはいえ、偶然や非現実性を許容している分、抒情の薫りはますます高くなっています。戦前の雰囲気を纏った古風なノスタルジーに触れたい方にはおすすめです。

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