「氷点」三浦綾子 評価:3点|「汝の敵を愛せよ」ならば、娘を殺した犯人の子供を引き取ってみせる【古典純文学】

氷点

キリスト教文学の名手である三浦綾子さんのデビュー作にして代表作。

1963年に朝日新聞社が開催した、賞金1000万円の懸賞小説にて見事当選を果たした作品です。

現在よりも遥かに物価の低い1963年に賞金1000万円の賞を獲った作品ということで、非常に注目を浴びました。

圧倒的な前評判を背負って出版された本作でしたが、期待を裏切ることはありませんでした。

素晴らしい売り上げを見せつけた末に何度もドラマ化され、大人気番組となる「笑点」のタイトルも本作から取られるなど、当時の国民的ベストセラーとなります。

そんな作品を令和の今日なって読んでみた感想ですが、サスペンス的なエンタメ性を備えつつも、テーマである「人間の原罪」について巧妙な掘り下げが為されている作品であると感じました。

旧い作品にありがちな冗長性は否めませんが、おそらく唯一無二であろう優れた設定と、そこから展開される痛切で悲哀に溢れる物語の様相が光ります。

まさに「氷点」を感じるような、冬の夜長にお薦めの作品です。

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あらすじ

旭川にある辻口病院の病院長、辻口啓造(つじぐち けいぞう)が主人公。

妻の夏枝(なつえ)と長男徹(とおる)、長女ルリ子(るりこ)との四人家族で暮らしている。

経済的にも豊かで、美しい妻と可愛らしい子供たちに囲まれた生活には一抹の不満もない。

そんなある日、辻口一家を悲劇が襲う。

三歳になったばかりの娘、ルリ子が河原で殺されてしまったのだ。

突然のことに衝撃を受ける啓造だが、怒りの矛先が向くのは犯人に対してだけではなかった。

幼いルリ子が一人で河原に行ってしまうのを夏枝が見逃した理由、それは、辻口病院に勤める眼科医、村井靖男(むらい やすお)を家にあげて逢引きをしていたからなのだ。

夏枝への怒りを抑えられない啓造は、大学時代からの親友であり乳児院の嘱託医として勤めている高木雄二郎のもとを訪れる。

ルリ子を殺した犯人である佐石土雄(さいし つちお)の子供を引き取りたい。

啓造が「汝の敵を愛せよ」を座右の銘としており、その人格が人並外れて謹厳実直であることを知っていた高木は、この子が佐石の娘であるとして、一人の赤ん坊を啓三に預ける。

夏枝も徹もその赤ん坊の正体を知らないまま、辻口家は乳児院から引き取った子供を陽子(ようこ)と名付けて育てることになる。

娘を殺した犯人の子供を引き取った家族。

彼らを待ち受ける数奇な運命とは......。

感想

最序盤における掴み、惹き込み方において本作の右に出る作品はないのではないでしょうか。

旦那との夫婦生活に不満はないながらも、自身の美貌を持て余し、誰かに言い寄られていないと気が済まない性質の女性である夏枝。

そんな夏枝と、旦那の病院に勤務する若きイケメン医師との背徳的な逢引きから物語は始まります。

「人間の原罪」をテーマにしたキリスト教文学、と申し上げると非常に堅い作品のように思われますし、私もそのような作品であることを覚悟して手に取ったのですが、いやはや、大ベストセラーとなった作品だけあって、俗っぽいサスペンス的な掴みでしっかりと読者の興奮を駆り立ててきます。

そして、母親による不義が為されている間に娘は死んでしまい、その怒りのために「汝の敵」である犯人の娘を引き取るという陰湿な復讐策を講じる辻口啓造。

このあまりにも斬新な導入は今日においても全く古さを感じさせず、たとえ2022年に発売された作品だとしても、良い意味で王道やベタを外した、あるいは王道やベタを乗り越えた設定として読書家たちの心に響くのではないでしょうか。

それくらい、エンタメ的なサスペンス作品として完璧な導入です。

その後の展開を大まかに申し上げますと、夏枝や徹が陽子の正体に気づいていき、それぞれの中で葛藤し、最後には陽子自身が自分の背負っているあまりにも重い「罪」に気づいてしまう、という流れになっております。

本作のミソは、貰い子である陽子が非常に聡明で人格高潔、そして素晴らしい美貌を持った少女に成長していくという点です。

年を重ねてもなお自分自身が若く見られることに執着し、異性からの評判を過度に気にする夏枝は陽子の容姿と人格の美しさに嫉妬し続けますし、逆に、徹は自分の中に生じる陽子への好意(血を分けた兄妹のはずなのに......どうしてこんなにも......)を抑えることができません。

加えて、陽子の正体を知っている啓造の心理もまた、清冽な陽子の生きざまにかき乱され続けます。

自分たちが手塩にかけて育てた、誰から見ても立派な女性である陽子と、ルリ子を殺した犯人の娘である陽子が同一人物である。

啓三の胸中は穏やかではいられません。

特に、犯人の佐石土雄という人物も恐ろしい凶悪犯というわけではないという点が啓造を苦しめます。

関東大震災で両親を失い、伯父に引き取られるものの16歳でタコ部屋に売られてしまうという、悪しき社会構造の被害者とも形容できる佐石の経歴。

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