1. 恋愛3次元デビュー
漫画家であるカザマアヤミさんが自身の結婚までの道のりを描いたコミックエッセイです。現在は月刊アクションで「小林さんちのメイドラゴン エルマのOL日記」を連載されています。
恋愛慣れしていない人の面白おかしい話としても楽しめますし、それでいて現代が生み出した「恋愛」という概念の可笑しさも示唆する作品。軽い気持ちで一気読みしつつ、これがfunnyの意味で面白いことは良いことなのだろうかと考えさせられます。
2. あらすじ
清純恋愛漫画を軸に活躍している漫画家カザマアヤミさん。しかし、実はいままで男性と付き合った経験はゼロ。少女漫画に溺れて奇行を繰り返し、女子校に染まった高校時代は男子とろくに会話もできず、大学時代はキラキラした周囲への気後れと、友人関係と恋愛のバランスを派手に間違えてしまったことから恋愛挫折。以来、アダルトゲームや2次元キャラクター同士の妄想恋愛が彼女と恋愛との接点だった。
しかし、一人暮らしを始めて2年。あまりの寂しさに耐えきれなくなった彼女は結婚を目指すことを決意する。イケメンな男性とのお見合いを断り、彼女が付き合ったのはなんとエロ漫画家の紺野あずれ。「デート」や「セックス」、「プロポーズ」に対する激しい誤解のために空回りする彼女。その恥ずかしい思考や行動の数々がここに。30台直前の「恋愛3次元デビュー」の記録。
3. 感想
大学までのカザマアヤミさんの生活を見ると、「本当にこんな人いるんだ.....」と言いたくなること請け合いです。ただ、一般的に、ここまでいわゆる「喪女」的な生活を送ってしまうと、そのことに開き直るか、あるいは、あまり3次元恋愛に踏み出す自信を持てなくなってしまう人が多いのではないでしょうか。その点、カザマアヤミさんは漫画家という憧れる人が多い職業において活躍していますし、変人であることがかえって好意的に受け止められもする業界なので、(勘違いをしながらも)こうやって積極的に行動し、色々なことを学んでいけるのでしょう。
とはいえ、この「勘違い」というのがこの漫画のポイントだと私は思います。初デートでなにも「2次元イベント(=手をつなぐ、キスする、ホテルに行く)」が起きないことを不安がり、最後に「抱きついていいですか」と言ってしまうカザマアヤミさん。このシーンはたいへん可笑しくて面白いのですが、「初デートで何をするべきで何をしないべきなのか、また、そのするべきことはどのようなアプローチで為されるべきなのか」が社会的に規定されていることから来る笑いであることは間違いありません。法律で決まっていたり、学校で教えてくれるわけではないけれども、なにかコードのようなものがあり、そのコードを自然と身に着けられる人と、努力して身に着ける人と、そのコードにアクセスするのが困難な人生を送ってしまう人がいる。そして、いざ「恋愛」をするからにはコードに必死に縋りつかなければならず、「必死で」縋りついていることを見せるだけでも恥ずかしいこととされています。
そりゃあ、恋愛に気後れしてしまう人が多いのも当然でしょう。コードを正確に、外すことなく守るのは難しいですし、そのコードが自分の自然と合っていないことも多々あるといえます。
さらに思うのは、恋愛の「どきどき」や「ときめき」というものは、まさに、このコードの綱渡りが引き起こしているのではないでしょうか。コード通りエスコートできるか/されるかの不安、コードをしっかり渡れているときの、なにか崇高な「義務」を果たしているような高揚感と安心感。それが恋愛の幸福要素ならば、かえって人間同士の本質的で密な繋がりとは程遠いところに恋愛が追い込まれてしまっている気がします。
さりとて、この漫画はそんな正統派志向とそれへの劣等感ばかりが前面に押し出されているわけではありません。カザマアヤミさんは世間的に良い評判を得ているとは言えないエロ漫画家との結婚に積極的ですし、オタク趣味を前面に押し出した結婚式も挙げます。あれほど正統派恋愛ができない自分を卑下していたのに、ここでは自分の本性をさらけ出し、奔放な行動を良しとするところに、「正統派」を経験することで「正統派」に対する妄想から脱却し、客観的に自分自身の恋愛や結婚を見つめることができる女性が誕生したといえるのではないでしょうか。
正統派恋愛とオタク恋愛の奇妙な共存の中で揺れる(揺らされる?)カザマアヤミさんの姿に声を挙げて笑ってしまう一方、画一的な恋愛観と自分との距離を測って恋をしていくことの大切さも感じられる漫画。恋愛系の作品において、正統派にもオタクにも攻撃的でないところがたいへん魅力的だと思います。おすすめです。
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