確かに、かつては魔術の研究に没頭し、凄い魔術書があると聞けば飛んで行ってそれを手に入れようとしていたのかもしれません。けれども、なぜそのような行動に情熱を感じられたかというと、それはきっと、魔術師ギルドという居場所や、仲間の魔術師たちがいたからに違いありません。
その中で温かい関係性を築き、ときに助け合い、ときに魔術研究の進捗でマウントを取り合う。そんな「居場所」や「関係性」にこそ、スペクトラルウィザードの生きがいや楽しみがあったのでしょう。
いまや魔術書を奪っても、それを使って魔術研究を究めても、その成果を褒めてくれる人も批判してくれる人もいないのです。
その意味で、現在の彼女の居場所は人形との関係性にしかありません。
私たちが生きる実社会においても、「自分」というものは意外にも自分自身の中になど宿っておらず、自分を取り巻く「居場所」や「関係性」の中に宿っているのかもしれませんね。
第2編:長い大きい影の記憶
この第2編では新しくカオスウィザードという魔術師が登場して重要な役割を果たします。
カオスウィザードもかつては魔術師ギルドの一員でしたが、ギルド内では嫌われものでした。
自分と感覚を完全に共有する分身をつくるという魔法の研究に執心し、そのためには自分の分身に攻撃魔法をぶつけたり、拷問にかけたり、あるいは殺すことも辞さないという有様。
誰もがそのやり方を気持ち悪く思うほどで、倫理感の欠如した魔術師として知られていました。
そんなカオスウィザードは魔術師ギルド解散後も生き残っており、分身魔法を使った犯罪行為で糊口を凌いでいます。そして、彼女が生きる目的は魔術師ギルドを復活させること。そのためには世界を手中に収めるほどの強大なパワーが必要であり、それを満たすには魔導書が必要だという理屈で、彼女は「長い大きい影の記憶」という魔術書のコピーデータ奪取を目論みます。
なんといっても切ないのは、魔導書ギルド内の鼻つまみ者だったカオスウィザードですら、いざ魔術師ギルドが解散するとその復活を人生の目的としてしまうところです。
「魔術師ギルドは最低の場所だったが、それでもオレの故郷なんだ」
悪逆非道で倫理観を持たないカオスウィザードにさえこう言わしめる、魔術師たち唯一の心の拠り所としての魔術師ギルド。
もしかすると、ギルド解散以前でも魔術師たちは迫害を受けていて、彼女たちにはギルドしか居場所がなかったのかもしれません。
あるいは、周囲に嫌われながらも反抗的に振舞い、誰も行っていない分身魔法の研究をしているというヒールキャラそのものがカオスウィザードにとって己のアイデンティティであり、誇りある生き方だったのかもしれません。
「ヒールキャラ」「反抗的なキャラ」というのも、大きく間違えなければ集団内で一定の人気を集めることは現実社会を生きる私たちにもよく分かっていることです。ヒールであること、奇特な魔法を使えることで構ってもらえるということがカオスウィザードなりの社会との関わり方だったのでしょう。
だからこそ、カオスウィザードにとっても魔術師ギルドは自分の居場所であり、それは失われると復活させたくなるような場所なのです。
最終盤、スペクトラルウィザードは迷った挙句にカオスウィザードと戦い、魔導書による脅迫で魔術師ギルドの復活を認めさせようとするカオスウィザードの目論見を阻止します。
「見損なったぞスペクトラ! この裏切り者! 恥知らずにも我らの敵に味方したな!」
そう罵られながらもカオスウィザードと戦い、元の生活に戻っていくスペクトラルウィザード侘しい後姿。
どんなに悪いことをしてでも魔術師ギルドを復活させようとするカオスウィザードの歪んだ熱情と、魔術師ギルドに郷愁を抱きながらそこまでの悪にはなれないスペクトラルウィザードの両方に感情移入してしまう話であり、二人のすれ違いに胸がきゅんとなるような切なさを感じる話になっています。
第3編:リレントレスオーバータワー
第3編のタイトルは「リレントレスオーバータワー」。
こちらも世界を滅ぼすことができるような威力を持つ魔導書の名前で、本編は実際にこの魔法が発動してしまったところから物語が始まります。
ある日突然、サハラ砂漠に現れた巨大な塔。
塔は瞬く間に伸びていき、大気圏を突き抜けようとするところまで成長してしまいます。
このまま伸び続ければ地球の地軸にズレが生じ、地球の自転・公転が変わってしまうことで気候が激変し、苛烈な温暖化or寒冷化で地球は人間の住めない場所になる。
この緊急事態に、騎士団はスペクトラルウィザードの力を頼ります。
塔は硬すぎて爆破不能なうえ、地上から塔内を上っていては地球滅亡に間に合わないためです。
「影」になることで壁をすり抜けられるスペクトラルウィザードをヘリコプターから塔に突入させることで高さを稼ぎ、最上階まで塔内を垂直上昇してもらえば魔法を発動させた当人がいる頂上に辿り着くはずだという算段。
そして、スペクトラルウィザードが辿り着いた最上階にいたのは、心優しかったはずのガーゴイルウィザード。
スペクトラルウィザードが声をかけると、ガーゴイルウィザードは魔導書を使った理由を話し始めます。
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