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「SHIROBAKO」水島努 評価:5点|アニメ業界で働くことのリアルな苦難、その先にあるのは青春の友情を彩った夢の実現【お仕事アニメ】

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宮森あおいも高校卒業時点では進路をアニメ業界とは決めきれずに短大に進学したということが仄めかされますし、藤堂美沙にいたっては給料や福利厚生といった待遇で会社を決めたと明言されていますから、アニメーション業界という厳しい業界に対して躊躇いなく一直線に就職したという人物ばかりにしていない現実感覚に好感が持てます。

今井みどりの通う大学もキャンパス等の描写から東京女子大学だと推測されており、特段、アニメーション業界に近いような学科を持つ大学ではありません。

むしろ一般的な就職に強いイメージで、日芸(日本大学芸術学部)等ではない大学がモデルとして選ばれているのは、作中で脚本家志望であることを前面に打ち出す彼女もやはり(本人の意思か家庭の判断かは分かりませんが)、セーフティネットを張るような進路を選んでいるという設定なのです。

一方、高校時代から己の道はこれだと決めて、リスキーであってもその道を突き進んでいるのは、アニメーターの安原絵麻と声優志望の坂木しずか。

ただ、安原絵麻はアニメーターとして東京で就職することそのものに親が反対している描写があり、案の定、彼女が住むアパートはアニメーターの薄給を意識した非常に慎ましいものとなっております。

坂木しずかに至っては声優一本で食べていくには程遠い状況で、アニメの仕事はあってもガヤ要員でしかなく、バラエティ番組のボイスオーバーやイベントでの着ぐるみキャラクターへの声あてなどをこなしなつつ、生活のため居酒屋でバイトをしているという設定。

ここまでの設定もなかなかのリアリティで良いと思うのですが、ここからがこの作品の良いところ。

本人も、そして周囲の人間も、彼女たちが陥っている貧困という苦しさに対して取り立てて言及しないのです。

過剰描写な作品でありがちなのが、主人公あるいはメイン級の脇役が自身の境遇にやたらと言及し、「貧しいけど頑張るぞ」のような発言をしたり、周囲が「あの子は苦しみながらも頑張ってるよ」などど芝居がかった台詞を放ったりすることです。

しかし、それはまずもって現実ではありません。

黙って粛々とボロい家と職場を往復し、周囲の人物(友人、同僚....)もそのことには強いて言及はしない。

(特に現代においてこの傾向は強まっているように思われます。相対的貧困率は変わらないばかりか悪化しているにも関わらず、「相対的に貧困であること」の社会的羞恥が強まっている可能性を個人的には考えています)。

そのうえで、そういった環境で暮らすということはどういうことか、という描写を生々しく入れてきます。

まず、安原絵麻ですが、昼食(作り置きのカレー)を摂りに昼休みはいったん自転車で帰宅するという描写があります。

これはなかなか、どの業界でも見られないことなのではないでしょうか。

新人だと年収100万円前後もザラと言われるアニメーター業界の過酷さをよく表しています。

あえて貧困を描く作品(最近だと「万引き家族」でしょうか)でない限り、中産階級の生活を当然と考えて生活してきた人々がぎょっとするような貧困描写は「見ている人の気分を害するので」入れないようにする(貧困描写さえコミカルにする)のが悲しくもエンターテイメントの常道です。

そんな折、若い労働者が会社の昼休みに帰宅して部屋で一人侘しくカレーを食べる描写を入れるというのは、そういったエンタメにおける貧困描写の制約を考えるとかなり踏み込んだ決断で、なおかつ、作品全体の雰囲気を壊しておらず、小さな描写ながら非常に評価できると考えています。

次に坂木しずかです。こちらは本業とバイトの掛け持ち。

ですが、それでも絵麻よりはいい部屋に住んでいるというのが興味深い描写ですね。

残業(おそらく全てサービス残業)だらけの絵麻よりも、バイトをする「時間がある」坂木しずかの方がまだ豊かな生活を送っていることをさりげなく示すことで、アニメーターという職業のどうしようもないリアルを、やはり物語が持つ明るさを損なわない程度に、むしろ明るさをより引き立てるための隠し味的な要素として、しっかりと入れている点に細部までのこだわりを感じます。

貧困家庭ほど物が多くごちゃついており、富裕層ほどすっきりした部屋に住んでいるというのも社会研究ではよく示されるところでありますが、坂木しずかの部屋は物(特に衣服)が多く、絵麻の部屋には恐ろしいほどに物がないというのは、むしろ二人の生活スタイルや性格を表すものだと受け止めるべきでしょう。

絵麻にとって部屋とは本当に寝るだけの場所であり、坂木しずかにとってはボイストレーニングや台詞の練習をするなど、ある程度仕事と関連している場所であるという違いがこの差を生み出しているという解釈です。

加えて、絵麻はイラストレーションにどっぷり嵌る、どちらかというと仕事狂いな人間なのに対し(おそらく幼い頃からイラスト以外眼中にない芸術肌)、しずかは音楽やファッション、ノリの良い会話などにも年相応に関心を寄せていたに違いありません。

作中では二人の髪型や服装にその違いが表れています。

アニメでは(特に深夜アニメの女性キャラは)ほとんどの登場人物が容姿端麗に描かれますが、実際を考えると3~7割引で見るのが相場であることを考慮しつつ、改めてこの二人の描かれ方を見ますと、きっと絵麻はクラスで一番大人しい女子グループにいる、決して美人とはいえず、語弊を恐れずに形容すれば普通未満の容姿を持つ存在で、しずかは並み以上の容姿やコミュニケーション力を持ちながらも(だからこそ?)、声優のような特殊な分野に興味を持つために、アニメーション同好会に所属しているという立場なのでしょう。

だからこそ?、としたのは、努力しなければ「普通」になれない人間こそ、むしろ自分がいま見た目やコミュニケーションにおいて「普通」であるかを恐る恐る見計らっていて、対して、余裕でその「普通」ラインを越せる人間はどんな振る舞いをしても(多少浮いても)クラスでの地位を確保できるため却って自分の気持ちに素直な活動に勤しめるという傾向があるように思われるからです。

ここで本論に戻りますと、元アニメーション同好会の5人のうち最も「素」の社会的能力の高そうな坂木しずかが最も苦杯を舐めている(本業で食べていけない)という設定は光ります。

5人が目指すアニメ業界内の仕事で、対外的に最も華々しく扱われているのは声優業で間違いないでしょう。

世間に広く人気が浸透しているとまでは言い難いですが、マスメディアへの露出等もひと昔前より格段に増え、人気声優ともなるとライブや握手会が開かれるなどアイドルに近い扱いを受けております。

だからこそ、声優を目指す人物に坂木しずかを割り当てたのではないでしょうか。

(もちろん、最後に坂木しずかがルーシー役に抜擢されたのは容姿が理由というわけではありません。ただ、容姿が一定未満の設定なのに有力な声優プロダクションに所属できたり、オーディションに呼ばれる(事務所が推す)ことがあるのかといえば、そうでないというのが現実でしょう)

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