1980年代から90年代にかけて活躍した岡崎京子さんの作品。
漫画雑誌での連載期間は1993年から1994年までとなっており、連載終了後に単巻で単行本が発売されております。
1990年代という時代を背景として、ややダウナーでオフビートな高校生たちの生活を描いており、いじめや同性愛、摂食障害や援助交際といった岡崎さんらしい要素が散りばめられています。
作中では衝撃的な事件が起こりますが、あくまでメインテーマは高校生間で結ばれる恋愛と友情の機微となっており、掴みどころがないのにぐんぐんと読み進めてしまうような、そんな作品でした。
あらすじ
大きな河の河口付近に位置する街が舞台。
主人公の若草ハルナは女子高生で、素行不良の同級生である観音崎峠と付き合っている。
といっても、もはや観音崎への愛情は存在せず、惰性で付き合っているばかり。
そんなハルナが通う高校の教室では、同級生の山田一郎が激しいいじめに遭っていた。
執拗ないじめを見るに見かねたハルナは山田を助けるのだが、そのことがきっかけとなり、ハルナは山田のとある秘密を知ることになる……。
やり場のない劣等感を抱えた高校生たちの、切なく苦しく、それでいてちょっと可笑しな青春群像劇。
感想
何が良いのかと問われれば具体的な要素を挙げづらいのですが、それでいて感傷的になりながら一気に読み切ってしまう作品です。
若い身体が持つ特有の体力と精神力を抱きながら、人生や高校生活に対する目的意識もなく、それどころか、劣等感に塗れながら空虚さを糊塗するように日々を生きる高校生たち。
その退廃的な高校生活の投げやり感が見事な「間」によって描かれているのです。
いじめられている山田一郎という美貌の少年はゲイであり、カモフラージュのため田島カンナという女子生徒と付き合っている。
(美貌の少年がいじめられているとか、いじめられている男子と付き合う女子がいるとか、それどころか、山田には女子のあいだにも結構ファンが多いとか、そのあたりは現代目線からするとややリアリティを欠いているように感じましたが……)
そんな山田の宝物こそが、河川敷の茂みに放置されている死体なのです。
まさに、退廃的な高校生活の中で持て余された感情の捌け口、といった感じですよね。
この死体の存在を軸に物語は進行するわけで、高校生ながらモデルとしての顔も持ち、食べ物を大量に食べては吐くという摂食障害の症状そのものを快楽としてしまっている吉川こずえもこの死体の存在を知る一人です。
暴力的で性行為の強要ばかりをする観音崎峠もまた家庭に問題を抱えており、その鬱憤の吐き出し先を暴力と性行為にしか見いだせていない存在となっております。
普段はハルナにも山田にも横暴に接しながら、ハルナと山田が接近すると嫉妬心をむき出しにするという小物ぶり。
また、山田の彼女である田島カンナもハルナへの嫉妬による憎悪を募らせています。
このような、現在にも未来にも希望を抱いていない高校生たちが狭い世界で愛憎劇を繰り広げるという構造に対しては、感情移入した視点で見た場合には生々しい臨場感を覚えるのですが、俯瞰的な視点で見た場合には虚無感を覚える、という構造となっております。
そして、最終盤の事件は意外にも、援助交際を繰り返していたハルナの友人、小山ルミの妊娠発覚から始まります。
個人的には、この最終盤で小山ルミの姉である小山マコを物語に上手く絡ませてきたところがなかなかの技巧であると感じました。
虚無感の中で愛憎劇と性行為に溺れる高校生たちというのは、見方を変えれば陽キャなリア充たちでもあるわけです。
対照的に、小山マコという人物は容姿に恵まれないうえ性格も暗い人物で、BLの同人誌を描くのが趣味という、本作の登場人物の中では異彩を放つ存在となっております。
そんな小山マコから見た小山ルミ(を含めたリア充高校生たちの生活)という視点が最後の最後で差し込まれ、急転直下の中で一瞬の仄暗い煌めきを放つ。
退廃性が魅力の本作らしい終盤だったな、と嘆息するための重要な「差し色」だといえるでしょう。
1990年代の少し変わった「青春モノ」。
単巻で読みやすく、レトロで風変わりな青春漫画を求める方にはお薦めしたい作品となっております。
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