漫画 「めぞん一刻」 高橋留美子 星5つ

めぞん一刻
スポンサーリンク

1. めぞん一刻

「ラブコメの金字塔」とまで評されることもある、高橋留美子さんの代表作の一つ。「うる星やつら」や「らんま1/2」、「犬夜叉」など少年誌での活躍が多い漫画家ですが、青年誌で掲載されたこの作品こそ永年に渡って称えられるべき功績を残した作品だと個人的には感じております。

ここから先、この作品を超えるラブコメは現れるのか。そういった疑問を抱いてしまうくらいの大傑作であり、漫画を愛好する者ならば必ず読むべき現代の古典と言えるでしょう。

2. あらすじ

新潟出身の浪人生、五代裕作(ごだい ゆうさく)は受験のため上京し、「一刻館」というボロアパートを借りて生活している。浪人生という身分であるからには日夜勉強に励みたいところだが、個性的な住人達に妨害され、なかなか満足な浪人生活を送れていない。

「出てゆく、出てゆく!」。そんな生活はもうこりごりだと五代が引っ越しを画策していた矢先、一刻館に新しい管理人がやってくる。その名前は音無響子(おとなし きょうこ)。美人の管理人さんに、五代はすぐに一目惚れ。退去を撤回し、管理人さんへのアプローチを開始する。しかし、管理人さんには過去があった。彼女は高校卒業と同時に結婚した夫、音無惣一郎(おとなし そうちいろう)に先立たれ、未亡人となっていたのである。管理人さんから見て義父にあたる、惣一郎の父が彼女を不憫に思い、自身が所有する一刻館の管理人として彼女を採用したのだった。

そんな過去があろうと、五代の気持ちは変わらない。しかし、管理人さんに思いを寄せる男、強力な恋のライバルが現れる。管理人さんが通うテニスクラブのコーチである三鷹瞬(みたか しゅん)は、容姿端麗で実家はお金持ち。貧乏浪人生の五代には到底勝ち目がないように思われた。

とはいえ、肝心の管理人さんといえば未だ亡き前夫への想いを振りきれていない様子。果たして、五代はこの大きな障害を乗り越え、管理人さんと結ばれることはできるのか…….。

3. 感想

現代ラブコメの基礎を築いた作品にして、未だに漫画史上最高のラブコメという地位を保持し、他を寄せ付けない魅力を持つ作品です。

読み始めてすぐに気づくのは作品設定の斬新さでしょう。確かに、主人公が田舎上がりの貧乏浪人生というのは(特に当時の)青年誌ならば確かに十分あり得る設定です。男性誌のラブコメの主人公なのですから、「負け組」要素を濃くしつつ、ちょっとスケベでヘタレな情けない性格を付与し、それでいて、いざというときは(昔ながらの意味で)「男らしく」振舞える。根は優しく実直で勇敢で努力家な人物というある種スタンダードな人物が五代裕作であります。その一方、ヒロインである音無響子の設定は対照的に極めて斬新。高校卒業と同時に結婚した夫と他界し、20歳でありながら未亡人。不憫に思った義父が所有するアパートの管理人の職を斡旋したことで一刻館にやってくる、というのは、「ラブコメ・恋愛漫画のヒロインを考えよう」と思って普通に考え出せるものではありません。

こういったヒロインが生まれた背景には、本作が元々は恋愛要素を入れる予定のない単なるギャグ漫画として連載開始されたということがあります。五代が住む一刻館はそれこそ当時でも若者が住むには珍しくなっていた風呂なしトイレ共同の木造ボロアパートですし、一刻館の他の住人のエキセントリックな性格もギャグ漫画ベースと考えればむしろ納得がいくというもの。

とはいえ、「主人公がヒロインに一目惚れして退去を思いとどまる」という展開から始まる物語が高橋留美子さんの手にかかって恋愛要素が前面に出てこないことなどやはりあり得ないのでしょう。一巻の終わりには三鷹瞬というイケメン金持ちの恋敵が現れ、逆に、五代にも七尾こずえ(ななお こずえ)というガールフレンドができます。主人公が店子でヒロインが管理人という間柄であり、しかも、ヒロインは(成行上とはいえ)社会人なのですから、「『管理人と店子』だから店子にガールフレンドができたくらいでとやかく言いませんよ」という建前の中に管理人さんの嫉妬が垣間見え、一方で、ガールフレンドとデートしながらも管理人さんへの叶うべくもない恋心に葛藤する五代という絶妙な空気感はこの設定からしか生まれてこないですし、極めて慎重で巧妙な物語のハンドリングがあってこそ成し遂げられるもの。嫉妬や恋心を明け透けにさらけ出し、「漫画だから」という言い訳しかないような方法で決定的な瞬間を避け続けるだけのラブコメとは一線を画します。

また、登場人物たちのエキセントリックな性格もあって基本的にはコメディ調で話が進むのですが、単に「漫画的笑い」を楽しむ以上の感覚で登場人物たちに感情移入してしまい、コメディと同時に本格的なヒューマンドラマを読んでいるような気持ちになってしまうのもこの漫画の優れた側面だといえるでしょう。一刻館の住人は三人家族の一ノ瀬(いちのせ)一家、年齢職業不詳の中年男性四谷(よつや)さん、スナックで働く六本木明美(ろっぽんぎ あけみ)が初期メンバーで、後から二階堂望(にかいどう のぞみ)がそこに加わります。一ノ瀬家は夫が貧乏サラリーマン(中盤で会社が倒産)であり、四谷さんや明美さんもいわゆる「カタギの職業」ではありません。彼らの生活がコメディ調にしつつもある程度のバランスをもって生々しく描かれていることで、明らかに「漫画のキャラクター」でありながら、人生を一生懸命生きている、まさにそこにいるような人物であるような錯覚に陥るのです。普段はその自堕落な性格から五代や管理人さんに迷惑ばかりかける一方で、ここぞというときは人情味ある対応で二人の恋を盛り立てます。金持ちの息子ながら手違いで一刻館に引っ越してきた二階堂がそのまま居ついてしまうのも納得できるほど「情」のある風景がそこにはあります。しかもこの「情」は、懐古趣味の中に現れるあまりに理想化された「情」などではなく、四谷さんの性格の屑っぷりに端的に表れているような、現代の感覚からしたらむしろ苛々するような人との付き合い方と表裏一体の「情」となっている点が魅力的です。過去の時代には現代で珍しくなってしまった「情」や「粋」が方々に存在していたということも、過去の時代は現代よりも遥かに粗暴で野蛮だったということも、その双方が真実なのです。コメディとしてやや強調され過ぎているきらいもありますが、人間としての生々しさを感じさせつつもギャグとしての突拍子のなさも併存している絶妙なキャラクター構成と物語展開には笑いと驚きと感動が溢れています。一ノ瀬夫妻が息子である賢太郎の運動会で二人三脚を走る話や、五代の入院中に従妹が恋人との駆け落ちを画策して五代を利用する話など、普通ならば主人公とヒロインのいちゃいちゃ話にしてしまうところを最後は人情話に転がすところなど、恋愛漫画にしつつも随所に作品全体の人情コメディ感を褪せさせない工夫があるのは見事です。

そんな生々しさは、主人公の人生を取り巻く環境にも現れてきます。基本的にはコメディながら、三流私立大学生である五代は就職に失敗し(当時はプラザ合意による円高不況)、キャバレーでアルバイトをしながら保父を目指すという就職浪人期を送ります。最後は見事保育士試験に合格して保育園への就職を果たすのですが、それでもなお決して勝ち組とはいえない境遇です。就職することそのもの、保育士になることそのもの、それは、漫画として描くには壮大でなさすぎる夢です。現実ならば「そんなこともできないの?」と言われたり、負け組として見下されるという場合もあるでしょう。しかし、その壮大ですらない夢のために苦難を乗り越えて努力していく姿こそ、まさに現実の私たちを上手く反映しているのだと思います。ある種「社会の底辺」である一刻館の住人やキャバレーの店員たちが、「保父になる」という五代のささやかな願望を一生懸命に応援するという、古典的王道的「庶民の物語」が底流にあるからこそ、恋愛以外の場面が独立してその面白さを保っており、決して「ラブコメするための装置」になっていないのが良いところです。ラブコメの王道といえば学園ものなのでしょうが、例えば文化祭や運動会、修学旅行などのイベントが「主人公とヒロインの仲が離れたり接近するためだけ」に行われているかのような描かれ方が他の作品では散見されます。主人公やヒロインも年がら年中恋愛のことを考えているわけでもなく、一人の生徒としてそういったイベントに対する意気込みや想いがあるでしょうし、他の生徒もそれぞれの感情で学校生活を過ごしています。その中で、狂ったように「主人公とヒロイン」の「恋愛」ばかりが中心となってしまうと、却って感情移入が少なくなってしまうのではないでしょうか(周囲の登場人物ですら、まるで「主人公とヒロイン」のためにコイツの人生は存在しているのかという挙動をするキャラクターが現れたりしますよね)。先立つものとして一人ひとりの人生や世界の動きがあり、その上にコメディや恋愛があるからこそ、「所詮フィクション」という心の壁を取っ払って惹きつける魅力が作品に生まれるのでしょうし、この「めぞん一刻」ではしっかりとそれが完遂されています。ヒロインの境遇もそうで、作中では7年の月日が経つのですが「バツイチの年増を貰ってくれる人なんてこの先いない」という主旨の台詞が管理人さんの母から放たれます。せっかく好きだった人と結婚したのに、不幸にもその人が先立っただけで主要な稼得手段も失い、母親や世間からもまるで「行き遅れ」扱いされる管理人さん。飼っていた犬に亡夫の名前をつけ(これはかなり狂気的ですが)、毎年墓参りを欠かさないなど、亡夫への想いが強いだけに、このような境遇は一層辛いものでしょう。ありきたりな物語のヒロインらしい、「特別な不幸」や「些細すぎる欠点」ではなく、誰にでもあり得る不幸を背負い、上述したような経歴から恋愛や結婚に対してなかなか素直になれない管理人さん。自分からはアプローチしないのに、嫉妬心だけは一流という性格。そんな管理人さんは、もしかしたら、「嫌なやつ」なのかもしれません。しかし、誰の心にも存在している「嫌なやつ」的な側面があるからこそ、管理人さんに幸せになって欲しいと読者は願うのではないでしょうか。

そんな五代と管理人さんであるからか、連載ラブコメディという制約上からか、二人の恋の進展は非常にゆっくりしたものです。しかし、奇妙なごまかしはあまりなく、なんでもないコメディが繰り返し展開される中で二人の接近がほのかに描かれるという絶妙な技巧が発揮されているので、決して引き延ばしには感じられません。それどころか、「いつのまにか好きになっている」を上手く表現しているとしかいえないテンポが実現しており、ずっとコメディを楽しんでいたのに終盤付近では二人が結ばれることを読者が強くシリアスに願ってしまうという素晴らしい構成が見事です。

そして、なんといってもラブコメの運命的宿敵である「ライバルの身の引かせ方」にも強力な工夫が見られます。五代の恋敵である三鷹さんは最後、九条明日菜(くじょう あすな)という女性と結婚するのですが、「どうやって三鷹が管理人さんを諦めて明日菜に決めたのか」というポイントに対して本作はたいへんな気配りがあります。主人公の恋敵は、まさに主人公の恋敵であるという理由でハイスペックですし、恋敵に値するくらい、つまり、主人公と同じくらいヒロインのことを好きでなければ物語に緊張感がありません。しかし、だからこそ、最後にヒロインを諦めさせる場面に困難が待ち受けているのです。それまでの「想い」を不意にしないようにしつつ、なんとか主人公とヒロインを収めなければなりません。

三鷹さんと明日菜の関係は、双方の両親が勝手にお見合い話を進めるところから始まります。三鷹さんはなんとか反故にしようとしますが、コメディ的誤解と勘違いが重なって上手くいきません。逆に、明日菜は自分が三鷹さんと結婚するものと思い込み、(明日菜は三鷹さんが好きなので)それを楽しみにしている。しかし、決定的なところまで話が進みかけているところで、明日菜は婚約が三鷹の本意ではないことを知る。そしてその場で、「やめましょう、結納」と口にする。自分よりも相手を慮る明日菜の潔い態度に、「いい女(ひと)だなぁ」と三鷹さんは思う。自分のことを想うあまりに、両親が進めようとしている婚約の解消さえ厭わない。そんな心意気に、却って好ましい人なのだと認識させられる。もしかしたら、この人でいいのかも、と思わさせられる。こんな粋な展開で他の女性と結ばれた恋敵役がいたでしょうか。しかも、ここでコメディらしい転換が入って三鷹さんは明日菜と結ばれることになります。雨の夜に二人が婚約の解消を確認し合うというシリアスシーンに、犬を使ったコメディ展開の伏線を入れるテクニックには脱帽でした。この漫画の持つ「ギャグとシリアス」の絶妙なバランスを損なわないどころか輝くまでに強調する手法には思わず笑ってしまうはずです。

加えて、ラブコメが好きな人ならばお馴染みでしょうが、同様の難しさは正ヒロイン以外の女性が主人公との関係をどう断っていくかという問題にも当てはまります。具体的には、教育実習に出向いた先で五代に惚れる女子高生の八神いぶき(やがみ いぶき)や、長年のガールフレンドであるこずえとの関係です。両者とも五代へのアプローチを通じて管理人さんに五代への気持ちを気づかせる役割を果たすのですが、この二人との別れを描くにも、決して五代を「いいやつ扱い」しません。管理人さんが好きだから、その気持ちのために離れることになる五代を、彼女たちは決して咎めず、そして褒めもしません。そして、「主人公がいたからこそ」のような挙動さえほとんど見せず、それぞれの独立した決断で人生を歩んでいきます。ただ主人公を引き立てるだけの役割に回るばかりの凡百のラブコメとは一線を画す、「背景」ではない登場人物なのです。主人公とヒロインの「脇役」なのではなく、その人の人生の「主人公」なのだということをはっきりと見せつけるやり方で主人公やヒロインに接し、去っていく彼女たち。そこには確固たる魅力があり、主人公と袂を分かつための不自然な挙動もないため、たいへんスムーズに物語を眺めていられます。八神の「弱虫」や、こずえの「そのまま目をつむって」「待って、やっぱりいい」は、三鷹さんの「いい女(ひと)だなぁ」に並ぶ屈指の名シーンです。

そうやって全ての障害を乗り越え、最後に残るのは管理人さんの心の中にある亡夫への想い。お墓の前での五代の台詞はラブコメ史に残る至言です。まさにこの台詞しかないという言葉で、五代の成長と究極の大団円を予感させる空気感。熱い物語をより一層情熱的にしています。決して良い遍歴とはいえない主人公と、バツイチでボロアパート管理人のヒロイン。二人の恋の結果を、「三高」などで飾り立てることなく、これこそ最高のラストシーンだと思える形に運ぶ終盤は神展開と呼ぶに相応しいでしょう。

上述の通り、全く隙がない作品といっても過言ではないのですが、唯一不満のあるシーンは、「抱いてくださいってわたしの方からお願いしなくちゃ」の場面ですね。これを管理人さんに言わせるのは、(特にこの年代の漫画としては)間違っているように思います。最終盤の極めて重要なシーンなので、これから読むという人は注意深く読んで欲しいですね。

とはいえ、そんな欠点が霞むくらい、星5つを突き抜けてきらめくラブコメの金字塔です。人生の必読書の一つでしょう。

コメント