教養書 「制度・制度変化・経済成果」 ダグラス・C・ノース 星3つ

制度・制度変化・経済成果
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1. 制度・制度変化・経済成果

1993年のノーベル経済学賞受賞者、ダグラス・C・ノースの著書で、原著は1990年刊行ですから当時の業績を纏めた内容となっております。難解な言い回しも目立ちますが(堅い訳だからかもしれませんが)、「制度」を軸に新古典派経済学に対して大きな影響を与えた現代の古典として面白く読むことができます。

2. 目次

第Ⅰ部 制度
第Ⅱ部 制度変化
第Ⅲ部 経済成果

3. 感想

本書全体が問いかけることとしてまず出てくるのが、当時隆盛を誇っていた新古典派経済学(の競争と淘汰を強調する部分)に対する、「それではなぜ、『既に競争は終わっていないのか』」という語りかけです。

確かに、わたしたちの身の回りでも、あるいは様々な国の経済体制を知識として学んでいく中でも、そこには決して効率的な制度ばかりがあるわけではなく、むしろ、非効率的な制度が多く残存していることに気づきます。

なぜ、競争圧力は非効率的な制度の除去を導かないのか、導くとしても、なぜ素早くないのか。なぜ僅かな経済停滞国しか経済発展国のモデルを見習って効率的な制度を導入しようとしないのか。

こうした素朴な疑問を真摯に受け止め、それに答えていったのがノースの生涯かけての業績といえるでしょう。本書にもそのエッセンスが詰まっています。

冒頭の問いかけに対してノースはいくつかの示唆を述べていきますが、そのうちの一つが「主観的モデル」です。人々は非完全情報の中を生きている、あるいは、単なる「情報」だけで物事を判断してはいない。それぞれの観念や信念と呼べるものが集まった「主観的モデル」のもとで行動しており、モデルそのものの修正が行われなければ人々は行動を変えないという考えをノースは提示するのです。いまでは経済学の当たり前かもしれませんが、当時は画期的なアイデアでした。

その具体例としてノースが提示するのは、アメリカにおける奴隷制撤廃の歴史です。奴隷制撤廃は市場による不効率なシステムの淘汰が働いたというより、人々の「認知」の変化によって起こったという方がしっくりくるとノースは述べます。確かに、経済効率だけ考えればそもそも奴隷制を採用したりしないでしょう(プリンシパル・エージェント関係やインセンティブを考えれば「新古典派経済学」的に明白です)。しかし、奴隷制は長く続き、変化は急に訪れました。人々の行動を変えさせたのは、エコノミックアニマル的な効率性・合理性ではなく、「奴隷制は道徳的に悪である」という観念の浸透による人々の「主観的モデル」修正です。

つまり、競争は完全ではない、あるいは、「競争」はそれほど強くないというわけです。

競争(あるいは市場)からの心理的フィードバックが意外にも弱いゆえ、歴史的に構築されてきた強固な認知や主観、慣習の前に効率的制度の導入が長期間見送られることは確かによくあります。人々(あるいは政府・企業)はそこまで競争を感じないわけではないが、それほど強く感じるわけでもないのです。

これは私なりのまとめですが、ある制度(A)は既存の制度(B)を効率で上回ってもなお導入されず、導入コスト(心理コスト含む)を上回ったときに導入される。A>B+Cにならないと導入されないということを示唆したいのだと思います。これも現代経済学では当たり前ですが、その当たり前をつくったのがノースということでしょう。

また、ノースは一見良さそうな行動が為されないのは取引費用を考えていないからというアイデアも生み出します。取引費用の概念自体が当時の新古典派経済学に存在しなかったとは思いませんが、アメリカ経済における取引費用(銀行・保険・金融・卸売・小売・弁護士・会計士関連費用)は国民所得の45%にのぼるという指摘は非常に強力で、生産費用にこの取引費用を相当程度組み込んで考えないと経済学は現実の経済を上手く説明できないのだとノースは指摘します。しかも、この割合は時代を経るごとに上昇しており、総生産費用のうち、取引費用がますます重要になり、それに影響を与える所有権保護・執行機能(=「制度」)が経済全体に与える影響を考慮すべきだとノースは仄めかします。

加えて、そういった制度、特に「インフォーマルな制約」についてノースは深く掘り下げていきます。「インフォーマルな制約」とは、情報の伝播速度、文化的処理にかかる時間、経路依存的な進行などです。これらの要素が「完全自由競争」を遅滞させ、そういった要素によって歪められた独特の変化を生み出すというのです。

しかも、インフォーマルな制約はフォーマルな制約と同等の影響を現実世界に与えているとまで述べます。慣習・伝統から成文憲法までの制度の連続的集合体。フォーマルとインフォーマルはその連続体の両端をそう呼んでいるにすぎず、フォーマルな制度ばかりを実際に機能するものとして扱う傾向にあった当時の新古典派経済学に斬り込みます。

ノースのこうした考え方の中で、他分野にも影響を与えている重要な考え方が「経路依存性」でしょう。QWERTYキーボード、狭軌鉄道の存続、(直流ではなく)交流の成功。あるインフォーマルな制約がいっときでも覇権を取ると、 そういった既存制度に合わせて周辺のサブ制度がつくられていき、制度を変更するためのコストが自己増殖する。最終的に、それらのインフォーマルな制約が本質的に効率的でなくなっても温存されてしまう。過去のある時点(特異点)で起こった出来事が歴史的に自己防衛能力を強化したうえで新制度という挑戦者を迎え撃つ構図。それは効率的な制度の新規導入が妨げられる説明として政治学や社会学の分野でも一般的になりました。

これが国単位の経済体制にも当てはまるというのです。半ば繰り返しになりますが、 情報コストが劇的に下がり、文明化から1万年のときを経ても各国の経済制度は未だに(「効率的」な制度に)収斂していません。

それは、上に挙げた個別の例と同様、たとえ革命などでフォーマルな制約が変わったとしてもインフォーマルな制約に押し返されてしまうからです。インフォーマルな制約もそれ以前のフォーマルな制約から派生したものではありますが、フォーマルな制約が変化しても固着する性質があります。

ノースがこの例として提示するのが南北アメリカにおける宗主国からの独立です。アメリカ合衆国憲法は、既に植民地で育っていた「インフォーマルな制約」を礎にして組み上げたので、施行後も現実との齟齬が比較的少なく、人心に浸透していきました。

一方、独立後のラテンアメリカ諸国の憲法はアメリカ合衆国憲法を真似てつくられました。しかし、アメリカ合衆国憲法が参照していた当時のアメリカ植民地の状況と、独立時のラテンアメリカ諸国では政治経済がかなり異なっており、ラテンアメリカでは集権的な官僚制が実体経済を牛耳っていたのです。

ラテンアメリカの革命はそういった官僚制がスペインやブラジルの皇帝支配から脱却しようして行われたものですが、自由主義的な新憲法の内容と官僚制が牛耳る現実の政治経済体制が合致せずに大混乱を招き、現代でもその痕跡が経済停滞に根を下ろしています。

さらに、慣習的につくり上げられたインフォーマルな制約がフォーマルな制約を打ち破って経済を豊かにしていく例さえノースは持ちだします。ローマ法やゲルマン法では善意の購入者でも財が元々盗品ならば持ち主に変換せねばならなかったところ、封建領主や商人の間でつくられていった商慣習法は善意者の保護を認めていき、それによって商取引が活発になっていったというのです。

アイデア・イデオロギー・取引費用。

それらの要素を新古典派のモデルに取り入れる必要を訴え、ノースは本書に幕を引きます。

4. 結論

堅くて難解ですが、経済学関連の書物で軽く触れられる「制度」や「経路依存性」などの単語をもっと掘り下げたいときに読むべき本だと思いました。

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