1. 六番目の小夜子
第3回日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となり、恩田陸さんのデビュー作となった本作。
学園小説の名手である恩田陸さんの原点というべき作品です。
「明るくハッピーな話」「後味の悪い背徳的な話」「悲しく切ない話」。近年の小説はそういった小説そのものの「キャラ付け」が求められています。
しかし、そのどれにも属さず、しかし、心に訴えかけるものがある。小説の「テンプレ化」が進む時代の直前に書かれた名作です。
2. あらすじ
舞台はとある地方の進学校。この学校には生徒の間だけで脈々と受け継がれるゲームがあった。三年に一度、「サヨコ」と呼ばれる生徒が選ばれ、学園生活の中でささやかな任務をこなしていく。
そして、「六番目のサヨコ」の年、三年十組に転校生がやってくる。
その名前は「津村沙世子」。
美しく謎めいたその生徒の出現が、伝統ある「サヨコ」に波紋を起こしていく......。
3. 感想
「やがては失われる青春の輝きを美しい水晶に封じ込め、漆黒の恐怖で包みこんだ、伝説のデビュー作」
裏表紙に書かれた文句ですが、まさにこの小説を体現した言葉です。
小説は「春」「夏」「秋」「冬」「再び、春」の五章に分かれ、一年間の学園生活を通じて「サヨコ」の謎が深まっていくという形式をとっています。
まず特筆すべきは、特定の主人公がおらず、多視点一人称の形で語られるということです。
「普通の」女子高生である花宮雅子。バスケ部に所属し、快活で素直な唐沢由紀夫。行動力のある秀才でサヨコの謎に迫っていく関根秋。この三人に津村沙世子を加えた四人が主人公として不思議な学園生活をそれぞれの考え方で語っていきます。
他にも、文化祭実行委員の設楽や、「六番目のサヨコ」"だった"加藤。はたまた、終盤で鍵を握る佐野美香子など様々な人物が物語を「語り継いでいく」方法はまるで学校を舞台にした演劇を見ているかのようです。
そして、その「演劇」こそ本作最大の見せ場。「秋」の章では、「サヨコ」という行事に欠かせない文化祭での劇が開催されます。「六番目のサヨコ」の年の劇、それは生徒全員が体育館に集合し、マイクを回しながら短いセリフを次々と読んでいくというもの。灯りを落とした体育館の中で、時に早まり時に止まりながら台詞が読み上げられていく描写は非常に巧く、「小説でこんなことができるのか」と胸をうたれます。
実は中学一年生のときにはじめてこの小説を読んだのですが、その時の記憶は未だに忘れられず、思い出補正全開なら間違いなく星5つでしょう。
とはいえ、それは遠い過去の感想。いまになって再読すると粗もかなり目立ちます。
まず、頻発する超自然現象に対して最後まで説明がなく、津村沙世子が本当に不思議な能力を持っているか、もしくは「サヨコ」の呪いが本当に存在するという非現実的な前提を読者は受け入れることになります。人為的な仕掛けが集合して「不思議」を生み出しているかもしれないと思わせ続けるところににこの小説の魅力があるのですから、その点は興醒めです。また、加藤や佐野美香子など明らかに使い捨てのキャラクターがおり、性格も極端なテンプレートです。特に、終盤の沙世子と美香子のやりとりは不自然で、美香子が放火にまで走ることの説明としては不十分です。
しかし、それでも圧倒的な文章力から生み出される学園生活のアンニュイな雰囲気は心に染みます。
感性が鋭く繊細なうちに読んでもらいたい、そんな小説です。
コメント