「クリス・クロス 混沌の魔王」で第1回電撃ゲーム小説大賞金賞を受賞した高畑京一郎さんの第2作。
「電撃ゲーム小説大賞」は「電撃小説大賞」の前身であり、第11回から「電撃小説大賞」へと名称変更して現在に至ります。
電撃小説大賞といえば、古くは「ブギーポップは笑わない」や「バッカーノ! 」「狼と香辛料」といった大ヒットシリーズを輩出し、近年でも「86-エイティシックス-」や「錆喰いビスコ」のような有名作品を見出している新人賞。
電撃文庫というライトノベル界のガリバーレーベルを支え続ける名門、という評価に異を唱える人はいないでしょう。
そんな電撃小説大賞(電撃ゲーム小説大賞)の第1回金賞を獲得した作者が著した中でも、長年に渡って根強い人気を誇っているのがこの「タイム・リープ あしたはきのう」という作品です。
インターネット上での評判は非常に良く、かなり期待して読み始めたのですが、率直な感想としては、とてもがっかりさせられました。
時間移動モノSFとしての緻密さには頷ける側面もありますが、本書の魅力はSFあるいは謎解きとして「きっちりしている」だけ。
人間たちが織り成すドラマとしての魅力が皆無であり、複雑な設定の辻褄合わせをひたすら読まされているだけの退屈な読書経験になってしまいました。
あらすじ
高校2年生の鹿島翔香はある日、同級生である若松和彦の部屋で彼とキスをするという夢を見る。
不思議な夢だと思いつつも登校した翔香だが、1時間目の教科として「地学」ではなく「英文読解」が始まったことに驚きを隠せない。
月曜日の1時間目は「地学」のはず。
動揺しながら友人の水森優子に尋ねたところ、なんと今日は火曜日だという。
大混乱の中で学校生活を過ごし、帰宅した翔香。
就寝する直前、翔香は日記を開く。
存在しなくなってしまった昨日という月曜日。
しかし、昨日の日記には、自分の字でこう書かれていたのである。
「あなたは、今、混乱している…若松くんに相談しなさい。最初は冷たい人だと思うかもしれないけど、彼は頼りになる人だから。」
記憶にない過去の自分の言葉を信じ、若松和彦に相談をもちかける翔香だったが......。
感想
あらすじ以降の展開は非常に簡明簡潔。
無意識にタイム・リープしてしまう翔香に対して、探偵役である和彦が適切な助言することで翔香がタイム・リープから脱出していくという物語です。
そして、その過程を通じて二人のあいだに恋心が生まれる(というか、翔香が和彦を好きになっていく)というサブストーリーが展開されるのですが、この恋愛譚が非常に安っぽいのです。
まず第一に、和彦という登場人物の造形があまりにも薄ら寒く、彼が登場するたびに(ほとんどの場面で登場するのですが)本を閉じたくなります。
秀才でキザな性格の隠れイケメンで、友人関係が充実していながらもどこか周囲と一定の距離を取っており、特に女性に対しては無関心そのもの。
根暗で性格ブスな男子中学生が、初めて書いた小説で自分を思い切り美化した主人公を登場させるとこうなるのではないか、という要素が詰め込まれた設定には吐き気がします。
失笑を誘うほど「クール」な物言いで翔香に指図しつつ、翔香のピンチには颯爽と駆けつける、なんて、1995年当時でもさすがに古すぎるでしょう。
そんな和彦の的確な状況分析に翔香はいつも納得させられ、その助言通りに動くと様々な危機を回避できる。
ああ、和彦くんはなんてカッコいいんだろう。
うぶでちょっと頭の弱い同級生女子が、冷静沈着頭脳明晰な男子に「すごーい!かしこーい!」と瞳を輝かせながら惚れていく、という子供向けアニメでさえ誇張された一種の冗談として扱われる展開が大真面目に進行するのですから、書き上げてから1度も読み直していないのではないか、と心配になるほどです。
また、人物造形や人物同士の関係性だけでなく、タイム・リープの渦中で起こる様々な事件も安っぽいものばかり。
タイム・リープが為されるときは強い衝撃が翔香に与えられるときである、という条件が本書の途中で明らかになるように、翔香のタイム・リープはいつも大きな事件・事故と関連します。
階段から落ちて大怪我をしそうになったり、上階から植木鉢を落とされて殺されそうになったり、教師に強姦されそうになったり、という具合です。
もちろん、それらは現実で起これば非常に重大な事柄ではあるのですが、小説で繰り広げられるのはあくまでフィクションの話。
死にそうになった、大変だった、強姦されるところだった、怖かった、というだけの文章はいくらで書けます。
本作はそういった重大な事件・事故に単なる「重大事件事故」以上の効果を全く持たせておらず、それらが起こることによって本作独自の物語の起伏が生まれたり、独自の感動(喜びでも悲しみでも)が生まれたりすることが全くありません。
重大犯罪を出しておけば「深刻」だろ、という程度の、あまりに物語を舐めきっている態度さえ感じるほどです。
殺人や強姦といった事件は様々なフィクション作品に頻出する要素であり、手垢まみれのベタで凡庸な仕掛けです。
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