1. その日、朱音は空を飛んだ
大学在学中に「今日、きみと息をする」で日本ラブストーリー大賞の「隠し玉」を射止め、大学生で小説家デビューを果たした武田綾乃さんの作品。本作で吉川英治文学新人賞の候補になるなど、新進気鋭の若手作家として注目を集めております。
代表作はなんといっても「響け!ユーフォニアム」シリーズでありまして、本ブログでも何度か取り上げてきました。
そんな「響け!ユーフォニアム」シリーズの合間に出版された本作ですが、全体としては非現実感やあまりの極端さが強く前面に出てしまっていてイマイチだったという感想。確かに、極端に個性的なキャラクターを出せば突飛な行動を起こしてくれるの物語に起伏はつきますが、そこに読者として感情移入しスリルを感じられるかといえば難しいところ。変わった性格のいかにもフィクション的登場人物が変わったことをするだけの話であり、小説としての技巧や物語から受ける驚きは薄いものでした。
2. あらすじ
舞台はとある進学校、ある日、 2年生の川崎朱音(かわさき あかね)が屋上から飛び降りて自殺してしまう。
何者かが撮影した自殺時の動画がインターネット上に拡散され、いじめの可能性を疑った学校側は生徒たちに対してアンケートをとる。もちろん、そんなことでいじめの実態が解明されるはずもない。
屋上における自殺の目撃者となった高野純佳(たかの すみか)と地上における目撃者となった近藤理央(こんどう りお)が学校を休み、そして理央の隣で同じく自殺を目撃していたはずの夏川莉苑(なつかわ りおん)が平然と登校する中、朱音と関わりのあった人物たちが朱音が自殺する以前の日々について独白していく。
なぜ純佳だけが屋上にいたのか、まるで朱音が自殺することを知っていたかのように。
なぜ莉苑は平然と登校できるのか、まるで朱音の死になに一つ動じていないかのように。
学校、そして教室という狭い世界で形成される歪な人間関係が生んだ悲壮な死。その謎が全て解明されるとき、そこには自殺の理由を超える驚きの事実が存在していたのだが.......。
3. 感想
朱音の自殺について朱音を含め8人の生徒が順番に語っていくという形式がとられており、エピローグを含めた8つの章に本作は分かれています。それぞれの冒頭でその人物のアンケートへの回答が示され、末尾で章のサブタイトルが明かされるという形式は「衝撃的」を狙ったのかもしれませんが、いかにも狙いすぎで却ってしらけてしまいます。
しかし、それ以上にしらける点は8人の性格にあります。それぞれに非常に単純なキャラクターが与えられていて、人間的な深みや複雑な感情が見られないのがネックです。プログラミングされた機械のように、こういった「キャラクター」の人間は必ずこう行動するはずという行動ばかりとったうえ、どこかで心理的転機が訪れるということもないので、作品を読んでいてもベルトコンベアでただ運ばれていくだけの心地になります。
特に物語の核となる朱音と莉苑の性格は極端すぎます。 純佳を独り占めしたいという朱音の感情が小学生レベルから成長していないのも物語的なご都合主義すぎますし、美人で人当たりも良く成績も常に学年1位だが腹黒いという莉苑のような登場人物も漫画やアニメ感が強すぎ、現実的なスクールカースト表現を読者に対する訴求点及びミステリーの核としている側面の魅力を削いでいます。現実にいなさそうなキャラクターの存在でしか成立しない「リアルなスクールカースト」や「精緻なミステリ」は精神的な矛盾を内在していて緊迫感を削いでしまいますし、「女子は賢く腹黒い」「男子は純情で愚か」という性別二分法のような描き方もリアルな多様性という意味では気になりました。全体的に刺々しい印象を出そうとするあまり現実の穏やかさや倦怠感を却って失ってしまっています。
他にも現実感があまりにも失われている表現は数多あり、中澤博(なかざわ ひろし)の極端な女性観や、学年一の頭脳がモテる要素ということが当たり前に受け入れられていること、ネクタイをぐいと引っ張って脅迫したり花で何かを象徴しようとしたり手紙を書いたり破ったりという現代の高校生がとりそうもないB級ドラマのような行動など、いかにも「文学的誇張」が過ぎるような場面が目につきます。
加えて、文章もイマイチ。ありえないくらい小説的な会話と場にそぐわない気取った表現。さらに、キャラクターの特徴を地の文で説明しすぎ、用語集やゲームの攻略本のようになっています。物語がそこにあるというより、どのような物語かの説明をしているようです。人気の若手作家と言えばむしろ大胆に崩した表現が特徴であることが多いところ、本書は逆に、自意識過剰な文学少女が書いた独りよがりな小説がそのまま出版されてしまったという印象を受けます。
4. 結論
武田綾乃さんの名前があれば売れるのかもしれないですし、極端な物語を求める人々には「刺さる」のかもしれませんが、どちらかというと文芸界のガラパゴス化を推し進めるような作品といった印象です。普段から小説を読む人になら「こういう小説ね」となるのかもしれませんが、そうでない人からすれば意味不明に尽きるでしょう。
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