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【物語論】00年代の恋愛漫画「砂時計」から感じる現代の少女漫画から失われたリアリティについて

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砂時計
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2000年代前半に雑誌連載され、人気を博した「砂時計」という恋愛漫画があります。

植草杏(うえくさ あん)が小学生のときに東京から島根へと転向して同学年の北村大悟(きたむら だいご)と出会う場面から始まり、社会人になってから杏と大悟が結婚するまでの経緯が描かれる漫画です。

【00年代の恋愛漫画】漫画「砂時計」芦原妃名子 評価:2点【少女漫画】
2003年から2005年まで小学館の漫画雑誌「ベツコミ」で連載されていた少女漫画。全十巻ながら発行部数は累計700万部を突破しており、2007年にはドラマ化、2008年には映画化されるなど、大ヒットした作品です。とはいえ、個人的には凡庸な作品だったという印象。序盤こそドキドキする恋愛展開が続きますが、その後は特筆すべき場面もなく、淡々と普通の少女漫画が続いていきました。あらすじ主人公は12歳の植草杏(うえくさ あん)。両親の離婚をきっかけに、東京から島根へと引っ越してきた。田舎の雰囲気に不安と緊張を感じていたちょうどそのとき、杏は同い年の北村大悟(きたむら だいご)と出会い、打ち解けていく。地元の名家である月島家の子息と令嬢、月島藤(つきしま ふじ) と椎香(しいか)兄妹とも知り合い、杏はこの町に馴染んでいくのだった。そんな折、杏のもとに凶報が届く。杏の母、美和子(みわこ)が自殺を図ったのだ。あまりの衝撃に、美和子に買ってもらった砂時計を遺影に投げつける杏。そんな杏に対して、大悟が差し出したものとは……。感想序盤の展開は非常に面白く、良質な少女漫画的展開がテンポ良く続きます。転居した...

北村夫妻は結婚後島根県で暮らすことになり、杏は介護の現場で、大悟は小学校教員として働きます。

差別や偏見、倫理や道徳の問題に踏み込むような言動かもしれませんが、現実問題として、少女漫画(あるいは恋愛漫画)のヒロインが最終的に介護職員になるのはかなり珍しいのではないでしょうか。

大悟と結婚する以前、杏は東京でも働いていたのですが、そのときも派遣の事務職員として働いていました。

経済的に成功している、という類の職業ではありませんし、いわゆるヒロインが就きそうなキラキラした職業でもありません。

一方、大悟の小学校教員という職業はどうでしょうか。

それなりに社会的地位が認めらている職業ではありますが、決して高給ではありませんし、近年はブラックな労働環境について報道されることも多い職種です。

また、小学校教員になるには大学で教職課程を履修しなければならないのですが、作中、大悟が大学に進学すると発言すると、周囲がそれを嘲笑するという描写が見られます。

そのときに大悟が志望校として掲げた大学はS大学(=島根大学)であり、偏差値は50前後。

しかし、周囲の反応は、あの大悟がそんなにも「賢い大学」に行けるはずもない、というものです。

なんというか、とんでもない「リアリティ」を感じませんか。

多くの女性が普通に学生生活を送って就く職業として、派遣の事務職員や介護職はあまりにも妥当です。

大学進学という領域においても、ほとんどの人にとって「地元の国立大学」というのは普通に考えれば手が届かないほど神々しい領域なのです。

しかし、純粋な少女漫画・恋愛漫画でさらりとこのような生々しさを描いている漫画など近年ありますでしょうか。

さらに読み込んでいくと、本作には恋愛漫画として特異にも思える構造があることに辿り着きます。

この作品、恋愛関係についての描写が驚くほどあっさりとしているのです。

やたらにドキドキやトキメキみたいな感情を強調せず、男女が集まれば惹かれ合う者同士がいて、そんな二人が自然とくっつくというような、それくらい滑らかに恋愛の過程を描きます。

相手に恋人がいても好きだったらアプローチするとか、失恋もあまり深くは引きずらずに次の相手を見つけるし見つかるとか、そういった流れを自然な物語として見せるのです。

そして、本作において「起伏」になるのは主に家族関係だったり、学生生活や社会生活上の事情です。

杏の母親は第1巻で自殺しますし、父親は事業に失敗して一文なし。

そんな父親に誘われて、杏は高校進学時に島根から東京へと引っ越し、そこで大悟と遠距離恋愛になってしまうという展開が物語の浮き沈みとなっております。

そして、東京で杏と恋仲になる月島藤(つきしま ふじ)という人物も両親への反発心から家出経験があり、家出中に様々な経験を積んで成長するという物語が描かれます。

少女漫画・恋愛漫画ではあるのですが、登場人物たちにとって恋愛をするのは簡単かつ当たり前のことで、それ以外の事象の方が人生の困難として彼らを悩ませるのです。

所与の前提として存在する「恋愛」が持つ力をバネに彼らは困難を突破していきます。

「恋愛」こそ特別なものであるとして、なかなか踏み出せない心情や、恋愛にまつわる初心者的失敗、過剰なほどの感情の高ぶりを強調するようなことはなく、本作は平然とその逆を行くのです。

こういった、ある種の「リア充」漫画的な少女漫画・恋愛漫画が最近はなかなか存在しないなと思います。

本ブログでも記事を書いた「orange」がそれにあたるのでは、と思ったりもするのですが、これも2015年完結なので6年前の漫画です。

「orange」高野苺 評価:2点|素敵な友情が炸裂するハイテンポな"リア充文学"【少女漫画】
2015~2016年における大ヒット漫画の一つで、名前くらいは聞いたことがある人が多いのではないでしょうか。「このマンガがすごい!」などでランキング上位入りを果たし、累計発行部数は500万部近くに到達。アニメ化はもちろん、土屋太鳳さんと山崎賢人さん主演で実写映画にもなっています。高野苺さんが漫画家としてジャパニーズドリームを掴んだ作品ともいえるでしょう。おおまかな感想としては、「未来から手紙が届く」というSF要素と王道少女漫画展開を合わるという手法が斬新で(意外にもこれまでなかったんですね)、画力も高く、双葉社版の装丁も魅力的で大ヒットしたのは頷けます。ただ、主人公二人の魅力と、物語の作り込みという点ではイマイチな点が多く、じっくり読んで味わうには不十分だと感じました。後世に残る作品というよりはカジュアルに消費されていく作品の成功作という印象です。あらすじ舞台は長野県松本市。高校二年生に進級した高宮菜穂(たかみや なほ)は、始業式の日の朝に奇妙な手紙を家の郵便ポストに発見する。差出人は10年後の自分で、自分が経験した後悔を繰り返さないようにするため、手紙の内容の通り行動して欲しいという...

本作のほかにも、00年代といえば「NANA」や「恋空」が売れていたわけで、あの頃は確かに「リア充物語」の文脈が存在していたのでしょう。

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