長期間に渡って小説界の第一線で活躍する作家、恩田陸さんの作品。
2016年に「蜂蜜と遠雷」で直木賞を獲るまでは本作が筆頭の代表作として挙げられることが多かったように思います。
第2回本屋大賞を受賞してから爆発的に売れ始め、まさに発掘された名作となった作品。
その内容は、高校生三年生たちが80kmの夜間歩行に挑むというだけの物語。
しかし、その過程で繰り広げられるささやかな心理的すれ違いについての描写が超一級品という、特異な魅力を持った作品です。
輝きと後ろめたさの両方を伴う、未熟な友情・恋愛の機微に誰もが郷愁を感じるのではないでしょうか。
派手な展開ではなく、耽美で繊細な心理描写と叙情的な夜間歩行の風景描写で魅せる作品。
あまり小説を読んだことがない人でも、無類の小説好きでも感動できる小説です。
あらすじ
甲田貴子(こうだ たかこ)が通う学校には「歩行祭」という特別な行事がある。
3年生全員が体育用のジャージを身に纏い、夜を徹して80kmもの道のりを歩くという行事。
当日、友人である遊佐美和子(ゆさ みわこ)と歩きながら、貴子は自分に課した一つの試練を思い返していた。
その試練とは、この歩行祭のあいだに、クラスメイトの西脇融(にしわき とおる)に話しかけるということ。
怜悧な印象を抱かせる、女子にもモテるあの男子。
実のところ、貴子と融は異母兄弟なのだ。
融の父が不倫してつくった子供が貴子であり、融はきっと、貴子の存在を快く思っていないだろう。
けれども、貴子は融と話してみたかった。
自分たちの境遇について、少しでも会話をしてみたかった。
夕陽が沈み、夜空に彩られた道のりを歩く生徒たち。
高校生活における、最後のチャンス。
貴子は融に話しかけることができるのだろうか……。
感想
クラスメイトに自分の異母兄弟がいる。
自分が生まれてきた原因は、相手の父親の不倫。
異母兄弟のあいつは、自分とは全然違うタイプのグループに属する男子。
だから、同じクラスになったのに、お喋りする機会なんてなかった。
でも知りたい、あいつの気持ちを。
話してみたい、自分たちの境遇を。
こんなにもささやかで、けれども、確実に心を刺してくる初期設定から始まる小説。
名作を執筆するのに、殺人事件だったり、凄惨なイジメだったり、能力バトルだったり、そんな設定に頼る必要がない。
それこそ、恩田陸の実力を示す最も顕著な点です。
もちろん、殺人事件や凄惨なイジメは重大な事象ですが、それが本当に重大だと言えるには、一つ条件があります。
その条件とは、現実世界でそれが起きているということ。
小説は所詮フィクションです。
著者の胸先三寸で殺人でもイジメでも起こせます。
だからこそ、ただ人が殺された、ただイジメがあった、というだけでは、それが空想世界の出来事である限り、全く価値はありません。
どんな事件が小説内で起ころうとも、それ単独では価値などありませんし、読者の心情には訴求しません。
重要なのは、そういった設定を活かしてどのような物語を作り上げるのかということ、そういった架空の設定を通じて、現実を生き、現実の心を持つ読者をどう感動させるのかということ。
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