アニメ映画 「茄子 アンダルシアの夏」 監督:高坂希太郎 星3つ

茄子 アンダルシアの夏
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1. 茄子 アンダルシアの夏

自転車競技を題材にした珍しいアニメ映画で、スタジオジブリ作品のスタッフに原画や作画関連で名を連ねることが多い高坂希太郎さんが監督。近年では人気の児童小説「若おかみは小学生」の映画版でメガホンを取っています。また、以前に本ブログで紹介した「王立宇宙軍 オネアミスの翼」でも原画を務めるなど、アニメ映画界の中心的人物の一人だと言えるでしょう。本人も大の自転車好きということが本作をつくるきっかけとなったようです。

映画といっても45分という短時間の作品なのですが、人間の情熱を描いた王道の作品で、テンポも小気味よく飽きさせません。深みという点においては居並ぶ名作たちと比較すると一歩劣りますが、佳作という評価がぴったりの映画だと思います。

2. あらすじ

ロードレースにおけるグランツール(三大大会)の一つ、ブエルタ・ア・エスパーニャ。スペイン南部アンダルシアを舞台にしたこのレースに、ベルギーのビール会社「パオパオビール」をスポンサーとするチームが参加していた。レース開催地であるアンダルシア出身のペペ・ベネンヘリもこのチームに所属する一人であるが、エースであるギルモアをサポートすることが彼の役割であり、トップでのゴールは全く期待されていない。

そんなペペはレース中、自分がスポンサーの意向によりリストラの危機に晒されていることを偶然に知ってしまう。このレースの日はペペの兄であるアンヘルの結婚式の日でもあったが、その結婚相手こそペペの元恋人であるカルメン。ロードレーサーにはなれなかった代わりにアンヘルとの結婚を果たした兄。一方で、アンヘルと結婚できなかった代わりにロードレーサーになれたペペ。しかし、自転車乗りとしての地位まで危うくなっている。強豪チームの選手たちに押され、ペペにとってはもちろん、チームとしての「パオパオビール」にとっても厳しいレースが続いていた。

そんな中、一匹の黒猫が道に飛び出したことをきっかけにレースは急展開へ。「パオパオビール」のエースであるギルモアは転倒して負傷退場。他の有力選手たちもペースを乱される。そして、攪乱のため囮として残りの距離を顧みない単騎独走を行っていたペペの無線に、「お前が行け」の指令が入る。

限りない情熱と人生の悲哀を背負って走るペペ。背後からは有力選手たちが迫る。勝利の栄冠は誰の頭上に輝くのか……。

3. 感想

映画開始の段階からロードレースは始まっていて、もったいぶった前振りもなく映画に没入していけます。その分、設定の前解説もないのですが、ペペの親戚や友人たちがテレビを通じてペペのレースを見るシーンがあることで、実況と解説の声が挟まり、それがレースの臨場感を盛り立てつつ必要な知識をインプットしてくれます。こういった演出や構成は見事ですね。馴染みのない競技などを取り上げる場合、冗長な説明を入れずに競技への理解を深めながら物語を進める技術が求められますが、最初の十分か十五分でしっかりとそれを達成してくれます。実況も解説もずいぶん淀みないなと思っていたら、実況の声は羽鳥アナウンサーがあてていて、解説は実績のある元プロレーサーの解説者がそのまま声優をやっているようです。やはり本物は違いますね。そういった声優起用がリアル寄りの作風によく合っています。

また、ストーリーも大きな流れとしては上手いこと王道を辿っていて、主人公のペペが「敗者」であることを見せて共感を誘ったのち、あっと驚かせる演出(猫の飛び出し)で「もしかしたら」という期待を視聴者に抱かせ、判官びいきにペペを応援したくなります。一般的な視聴者にとって、自転車乗りがレースにかける意気込みは捉えかねるものですが、リストラの危機と元恋人の結婚という二つの重荷を背負わせることで、ただ一人の、生身の人間として人生を賭けたロードレースを主人公が行っているということを効果的に印象付けています。だからこそ、終盤のデッドヒートには息を飲んでしまいました。その意味ではどの競技を取り上げても良かったのでしょうが、監督も自転車好きだからか、少なくとも素人の視聴者としては「リアリティ」を感じる描写が多かったですし、灼熱のアンダルシアを単騎独走、という構図はなかなかロマンがありました。2018年現在においてロードバイク/クロスバイクは流行していますから、先見の明もあったといえるでしょう。

ただ、実力に劣る(実績のある選手ではなく。途中でクビを言い渡されるくらいの一軍半的選手)はずのペペが、特に理由付けなくデッドヒートを制してしまうのはやや拍子抜けです。解説も「厳しいですね」と途中で口を挟んでる以上、何かペペが勝てた合理的理由がないと説得性に欠けます。それこそ、ペペの地元であるアンダルシアでの開催なのですから、地元民ならではの気づきポイントを活かしたレース運びや自転車コントロールがあればより熱かったのだと思います。そのポイントに関連してペペが青臭かった頃のエピソードなんかが絡まれば完璧ですね。ペペのほうが実力には劣る、けれども特別な理由で勝つ、という展開の方がより「凡人の物語」感が出ますし、苦い思い出のある地元から離れていたいのに、地元特性を使ってクビのかかった際どいレースを勝ってしまうところに人生の悲哀が滲み出ていい映画になるでしょう。

その意味では、過去エピソードなどは全体にやや不足気味だったと思います。各人物の掘り下げが浅く、胸を抉るほどの深みがありません。テンポ(もしくは尺)のために映画の深大さを犠牲にしてしまっており、そこは残念な点でした。45分ではなく1時間半を使ってストーリーの深みを出しつつテンポも維持してこの熱気を保てれば「名作」の域に入るのでしょうが、作り手からすればそういった作品こそ雲の上の人たちの技法なのかもしれません。

加えて、ペペの声優である大泉洋とアンヘルの声優である小池栄子の演技は微妙で、棒読み感があります。映像や雰囲気と合っていないことが多く、突然叫ばれるとぎょっとするシーンもありました。終盤、ペペがレース後にゆっくりと道を走るシーンでの「来るなー」は本来かなり痺れる言葉になるはずなのに、大泉洋のせいで台無しです。また、タイトルにある「茄子」が冒頭とラストに出てくるのですが、上手く使えてはいません。

ただ、全体としての雰囲気は非常に良く、2003年の制作ですが、ここ20年ほどで惜しくも消えていってしまった系統のアニメであることに悲しみを禁じえません。美少女動物園でもなく、過剰なファンタジーでもない、大人の青春。近年まで各国に存在した徴兵制度、結婚相手の奪い合い、実力のある方がプロになるわけでもなければ、先に惚れられた方が結婚相手になるわけでもない。そんなテーマの物語こそ増えていって欲しいです。さらに言えば、場面あたりの情報量が絞られていて、流れがすっと入ってくるようになっているのが印象的です。いま見返すとますます斬新に感じるのは、けばけばしく「あの場面に隠された秘密は」のような攻め方をする映像作品が増え過ぎたことが要因なのかもしれません。

アニメ映画界の気品ある小さな宝石。短時間で見れる颯爽とした作品を欲している方々にはぴったりでしょう。

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