小説 「ぼくらの七日間戦争」 宗田理 星1つ

僕らの七日間戦争
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1. ぼくらの七日間戦争

有名なジュブナイル小説シリーズの第一作です。1988年には宮沢りえさんの女優デビュー作ともなった映画が公開されています。近年でも児童向けのレーベルである角川つばさ文庫でシリーズ最新作が続々と刊行されているようです。

内容としては、古いし拙いという印象。シリーズ各巻のタイトルを見ても、その時その時の流行を取り入れ、廃れることを厭わない、古典であることや普遍的であることを目指さないような著作スタイルを持つ作家さんであるようで、私には合いませんでした。

2. あらすじ

1980年代、学校における非行などが問題視され、管理教育と熾烈な受験競争が跋扈していた時代。

東京のとある中学校、1年2組の男子たちはある計画を立てていた。それは、河川敷の廃工場を占拠し、そこに「解放区」をつくって好き勝手やろうというもの。

そして、1学期の終業式の日、ついに計画は実行された。バリケードを築き、廃工場に立てこもる男子たち。女子の協力も得て、「解放区」からは大人を小馬鹿にするラジオ放送が流される。普段は激しく「指導」を行う教師たちも慌てふためいて「解放区」へとやってくる。

しかし、ただ一人だけ解放区にやって来ない男子生徒がいた。その生徒はなんと誘拐されてしまっていたのだ。親や警察が二重に混乱するなか、1年2組の生徒たちは大人たちを出し抜いてその生徒を救い出す作戦を立てるのだが……。

3. 感想

物語があまりにも単純すぎます。大人が理不尽に厳しいうえご都合主義的に頭が悪く、それを翻弄しようとする子供たちの作戦もさほど練られたものでもないのに次々と成功してしまいます。爽快・痛快を目的としたエンターテイメント作品として書かれているのは分かりますが、それでも、敵は強くずる賢いほど面白く、主人公側の作戦が巧妙であればあるほど楽しめるものなのではないでしょうか。

近年はライトノベル界を中心に、ご都合主義に満ち溢れ、主人公が多少苦戦する描写さえ厭われる、いわゆる「俺TUEEE系」の流行が見られるそうですが、その先駆けなのかもしれません。

また、そういったエンターテイメント的要素以外の部分、つまり、「考えさせられる」部分についてはもっと浅いものです。

ただ管理教育や体罰、勉強に対して反抗することのみに主眼が置かれていて、なぜ、行き過ぎた管理教育や受験指導が起こるようになってしまっていたのか、それをやめる代わりに、それではどうやって規律や学力を維持するのか。また、旧い価値観における規律や学力の捉え方ではない、新しい時代に即した規律や学力の視点を導入するべきではないか。そういう思考が、主人公である子供たちの口からよりかみ砕いた親近感のある言葉で表現される場面があればよいのでしょうが、彼らの中にあるのは人を馬鹿にする姿勢や破壊衝動だけであって、これではそれこそ「俺TUEEE」のみを純粋に求める人しかのめりこむことができないでしょう。

しかし、最近も子供向けレーベルで発刊されていることを考えると、子供たちの読書はそういった方向に向かっているのでしょうか。確かに。小学校高学年~中学生くらい向けにスプラッタ的漫画が売れていると耳に挟むこともあります(例:神様の言うとおり)。

読書についてあまり小難しく考えるのも良くないのかもしれませんが、読書という行為が持つ潜在的な力、後の人生に影響を与えうる可能性を考えると、このような本が「読書経験」として消化されてしまうのはむず痒い思いがあります。

ただ、この本について唯一評価できる点として、近年の子供向けの本では忘れがちな「大人」を描こうとしていることが挙げられます。子供たちを助ける存在としてホームレスの瀬川老人などが出てくるのは非常に面白いと思います。全く異なる世代の人物と子供たちが交流をはかるシーンがある、というだけでも近年の子供向け小説の中では出色でしょう。

しかし、ほとんどの大人が純粋な悪役として描かれてしまっているのは前述の通りです。また、大人をただひたすらに敵視する子供たちの描き方も幼すぎるように感じます。子供たちも、大人になっていくことに自覚的なはずで、自分たちと大人が地続きである面をふと思い出したり、子供たちの中の誰かがそれを指摘するシーンがあるとより物語が深まったのにと思ってしまいます。

4. 結論

批判を重ねてしまいますが、時おり挟まれる寒い詩的な文章も物語を盛り下げています。「みなさん、これはまさに黙示録の世界です。祈りましょう。神に」。こんなことを言うニュースレポーターが世間で人気人物になれるはずがないでしょう。

久しぶりにかなり酷い本を読みました。

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