1. 異邦人
ノーベル賞作家、アルベール・カミュの代表作です。面白いと思う人とつまらないと思う人が分かれる作品ですが、私は好みです。
「当り前の感情を持つ」という、広く信仰されているに過ぎない「常識」が、まるで「道徳・正義」のように扱われる我々の社会。そこに疑問を投げかけ続ける名作であると思います。
2. あらすじ
主人公、ムルソーの母が養老院で亡くなるところから物語は始まる。葬儀に参加するために養老院へ向かうも、 涙一つ見せず、母の死体も見ず、ミルクコーヒーを楽しむムルソー。
その翌日には恋人のマリィと海水浴に行き、映画を見て笑う。
何事にも動じず、淡々と過ごす彼だが、頼まれれば友人を助け、話を聞き、遊びに誘われればついてゆく。その理由は「それをしない理由がないから」だとムルソーは言う。
理性・感情を持ちながら、一切の「人間らしさ」がないように見えるムルソー。ある日、彼はビーチでアラビア人を殺し、裁判にかけられることになったのだが……。
3. 感想
味のある良い作品だと思います。
母の死に涙を流し、我を忘れるほど思いつめること、その後しばらくは立ち直れないこと。そんな人物を、我々は「人間らしさ」のある、「優しい」人物として捉えてしまいがちです。
いや、世間ではそう「捉えることになっている」と言う方が妥当でしょう。
しかし、ムルソーの裁判を見ればそれが欺瞞だなのではないかという思いが胸を衝くようになります。
「アラビア人を一人殺したことを裁く」
ただそのためにあるはずの法廷では、彼が母の死をどれだけ悼んだか、人を殺した時どういう気持ちだったかということが争点になってしまいます。罪ではなく、ムルソーの人格を裁く法廷。
「母の死は悲しかったが、次の日には遊びに行った」
「人を殺したのは太陽が暑かったから」
そう証言する彼は次第に狂人だと見られるようになっていきます。量刑が重くなっても、死刑でも仕方がない。
しかし、物語を通じてこの作品に語り掛けるのはまさにこの点です。
彼が狂人(=我々とは異なる考え方を持っている)、ただそれだけのことで、彼の罪が重くなる。裁判が、犯人が「世間」といかに違いうかを暴く場となっており、罪そのものの検証をなんら行っていません。
終盤、死刑を待つムルソーに神父が特赦願いを勧める場面でこの物語は最高潮を極めます。ムルソーを「世間」の側に戻そうとする神父を、彼は決然と拒否し、自らの手で死を選び取るのです。
しかし、それすら一つの論理的決断にすぎない。「みんながそうだと思っている」ことを、論理的に飛躍して(あるいは「常識」というバイパスを通って)すぐさま正義や道徳に結びつけようとする我々の愚かしさがここに暴露されます。
不条理のなかで理性を保ち、明晰な視点で物事を見ること。そうした態度がどのような思考を生み出すのか。ストーリーは万民向けでなく、エンターテイメント性を求める読者には物足りないものだと思われますが、まさに「文学」という小説が好きならば必読です。
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