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教養書 「分裂と統合の日本政治」 砂原庸介 星4つ

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分裂と統合の日本政治
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1. 分裂と統合の日本政治

小選挙区比例代表並立制の導入を含め、90年代に行われた統治機構改革以降、一時は民主党が政権を獲得することもありましたが、自民党以外は離合集散を繰り返しているのが実態です。

また、この間には、減税日本や大阪維新の会、都民ファーストなど、国政ではなく地方に基盤を持つ政党も力を持ち始めました。このような政党の変動や盛衰がなぜ起こったのか、それを政党をとりまく制度から説明しようと試みているのが本書です。

自民党の強さの理由、民主党をはじめとした野党が力を持てないのはなぜか。それを、制度面から冷徹に議論する名著だと思いました。

2. 目次

本書の目次は以下の通り

第1章 政党システムの制度化を考える
第2章 地方政治と自民党の分裂
第3章 自民党に見る中央地方関係の変化
第4章 統治機構改革後の地方政治再編成
第5章 模索する都道府県議会議員
第6章 地方政治へ向かう国会議員
第7章 政党ラベルと地方議員
第8章 新たな政党政治に向けて

3. 感想

第1章では、本書を読むうえで前提となる、著者の日本政治の捉え方が説明されます。

90年代の政治制度改革が二大政党制、それも「政権交代可能な」二大政党制を志向したことは明らかであり、実際に、民主党政権は一時的に政権を得ることができました。しかし、その後の動きは政治制度改革の意図から外れた状況になってゆきます。自民党一強に、分立する野党諸勢力という図式です。

こうした状況の背景として、著者は二つの原因を挙げます。

一つは、自民党が伝統的に用いてきた「クライエンタリズム」です。すなはち、各選挙区における特定のクラスタ(農家、土木関係、福祉関係......)と個別の議員が深く結びつき、それらのクラスタに利益を還元することで、票を集めるという選挙/政策志向スタイルです。

各選挙区において、一つ一つのクラスタに所属する有権者の割合はそれほど多くありません。しかし、中選挙区制のもと、非常に少ない得票でも当選可能な状況では、たとえ少量でも確実な票田を確保することが非常に有効な選挙戦略でした。こういった特定クラスタとの結びつきを強くすることが、当選を目指す議員にとって最も理に適った行動だったのです。

もちろん、この戦略は小選挙区制度の導入により動揺し、結果的に民主党が一度は政権を獲得します。当時の民主党が「子供手当」をはじめとした「コンクリートから人へ」の政策、つまり、特定のクラスタに手厚くするのではなく、全体に薄く広くの政策志向を持っていたことは象徴的です。

つまり、50%以上の得票が必要な小選挙区制度のもとでは、例えば子育てと言った、より多くの人々に関連する事柄を推さなければ当選することは難しくなっていたのです。しかし、小選挙区制が導入されたのはあくまで衆議院のみ。参議院や地方議会ではほとんどの選挙区が定数3以上のまま残っております。

事実、民主党は参議院や地方議会で思うように勢力を伸ばすことができず、国政においても惨敗を喫してしまいます。「クライエンタリズム」の有効性が残る参議院や地方議会と、「薄く広く」の衆議院で板挟みとなり、民主党(の議員)は統一的な政策を打ち出すことが難しくなってしまったのです。

そして、第二の理由は、知事や市長といった地方の首長です。

都市部では時おり自民党系ではない知事や市長が誕生することが過去からありましたが、近年はそれがまた顕著になっております。小池東京都知事、橋下大阪府知事、河村名古屋市長などが典型でしょう。以前から知事の権限は強力だった(と著者は主張します)のですが、小泉政権下で行われた地方への権限移譲により、知事の権限はますます強くなっております。ただ、強力な権限を持っている知事も、議会との関係においては困難に直面します。つまり、知事は小選挙区で選ばれる(=薄く広く志向)一方で、地方議員たちは中選挙区(=クライエンタリズム)で選ばれ、それぞれの意図する利益配分が異なった結果、なにも決まらない状況に陥ります。

そこで知事は次の二択のうちどちらかを選択します。
①地域に基盤を持つ新党を立ち上げる
②クライエンタリズムの覇者であり地方議会の雄、自民党と連携する

そしてこの2択のどちらが採られても、民主党に出る幕はありません。また、民主党からしても、①におもねって特定地域利益を優先すれば全国的な支持を失いかねないですし、②におもねれば、小選挙区で勝利できるような主張が難しくなってしまいます。つまり、国政と地方における選挙制度のねじれと、中央と地方が持つ権限の中途半端な強力さに民主党が板挟みになってしまっているというのが本書の見解です。

 

第2章以下は、この主張の詳しい論証にあてられます。

第2章では、中選挙区時代を含めた自民党内の分裂について論じられます。自民党も人間が集まった組織ですから、知事選で候補を一本化できないなどの理由で分裂したり、中選挙区に「保守系無所属」が立ってしまうこともありました。

特に、知事の持つ力は地方分権改革以前にも強く、地方議会との同日選でない知事選挙で分裂することはまま見られました。しかし、国政を梃子にした利益供与は強力で、結局、対立は短い間に収まり、すぐに解消される傾向にありました。

 

第3章では、選挙制度改革による自民党内での中央―地方関係変化が分析されます。主な分析対象となるのは県連であり、中選挙区時代はあまり力のない組織とされていました。

それは、同じ選挙区に複数の自民党候補が乱立する中で、自民党の支持を受けているということは各議員にとっても自民党支持者にとっても当たり前すぎることであり、自民党候補である+α(ex. 農林族、建設・運輸族、厚生族....)というところが党内における票の奪い合いで重要であったからです。また、県連もその立場上、特定候補に肩入れできないため、各候補者からの期待は極めて薄いものでした。

しかし、小選挙区制度となると状況は異なります。各選挙区では自民党議員が一人しかおらず、しばしば「自民党の支持を受けている」ことが、他党候補者に対する最大の武器になったからです。そのため、公認候補の選定に関わる県連の力は相対的に強くなったと言えます。

ただ、ここで台頭してくるのは中央組織の執行部です。最終的に公認を決めるのは自民党の執行部ですから、例えば郵政民営化選挙の際に見られたように、首相の政策に反するか反しないかで公認を決定し、造反組に対しては「刺客」を送るという戦略を採ることも考えられます。

そうなった場合、勝つ可能性の高い「公認」候補を県連も追認せざるをえません。しかし、もう一つの要素、知事の権限の強さを考えると事態は違ってきます。知事の力が強くなったことで執行部も知事を無視できなくなり、知事の擁立に関わる県連が、知事を中心に地方議員をまとめ、半ば中央を脅すような形で力を持つこともできます。

今後、執行部が全国の県連を引き締めるのか、それとも、知事(=県連)を中心に分権的な運営になるのかは見どころです。

 

第4章では、上述した地方における民主党の「弱さ」が深く分析されます。

民主党は郊外の「クライエンタリズム」選挙区で議席を獲れないのはもちろんこと、得意とする都市部でも定数が多い地域では、より「都市的な」自民党以外の野党勢力に票を奪われる結果、1~2議席を確保するのが精いっぱいで、かつ、小選挙区になりがちな政令指定都市の区部は農村的な色彩が濃いために「薄く広く」が例外的に通用しない場合が多いなど、苦境に立たされています。

逆に、自民党は「クライエンタリズム」選挙区と政令指定都市の区部を圧倒的に支配しつつ、都市では野党が勝手に分裂することで非常に利益を得ています。

 

第5章では、都道府県会議員が政党や知事、地方議員とどう関わっているかが論じられています。

アンケート調査をもとに統計的手法を用い、他のレベルの(自分以外の)選挙への関わり具合から議員を3つのクラスターに分類します。つまり、国会議員や知事、市町村議員との個別の繋がりが強い第1クラスター、政党単位での結びつきが強く、その単位でのみ他の選挙に関わりを持とうとする第2クラスター、そして、ほとんど自分以外の選挙に関心を示さない第3クラスターです。

伝統的なクライエンタリズムのもとでは、政党単位というよりもむしろ自己の所属する系列の国会議員や市町村議会議員、知事の選挙にのみ関心を持つ議員が多く、現在でも自民党の議員を中心にそのような議員は多いです。そのような議員が第1クラスターに分類されております。

第2クラスターは公明党や共産党の議員が多く、これは直感に適合的だと言えるでしょう。ただ、資金面での自律性が低く、政党単位で戦う小選挙区制においては多くの議員がこのクラスターに収斂されることが予測され、事実、民主党の議員は自民党に比べこのクラスターに所属する議員が多いです。

そして第3クラスターは自民党や純粋無所属の特例だといえるでしょう。定数の少ない地方の選挙区や、政令市の区部でも地元の名士的存在が「独立王国」をつくっている場合、このクラスターに分類されます。要は、自民党の支持さえ受けなくても当選できる議員というわけです。

そして上述のように、小選挙区下では第2クラスターの形が自然だといえますが、中選挙区制では第1や第3クラスターの議員が当選しやすくなっております。系列的第1クラスター議員と、少数の第3クラスター議員で固めてきた自民党に対し、第2クラスター的対抗しかできない民主党は中選挙区である都道府県議会選挙で苦戦を強いられるのです。

 

第6章では国政から地方政治への転身が分析されています。

一般に、国会議員よりも地方の政治家は「格」が低いとされ、それは知事や市町村長であってもそうであるという風潮がありました。しかし、名古屋市の河村市長や東京都の小池知事に見られるように、国会議員から地方へと転身する例が多くなっているように感じられます。

実際、本書ではデータを元に転身数が数え上げられており、選挙制度改革の前後からその数が増えていることが示されております。

それは、小選挙区制のもとで「新たに」落選することになった議員たちが受け皿を求めて、というケースもありましたが(特に社会党系の議員や、大敗したあとの民主党の議員)、それ以上に、地方分権で力をつけた知事・市長のポジションが非常に「美味しい」ものになったことが挙げられています。しかし、著者はこのような動きに対しやや否定的であり、各地方や市町村でそれぞれ知事や市長が独立勢力のようになっていくことは、政党執行部による統合という選挙制度改革の主旨に反してしまうと警告しています。

 

第7章では、中選挙区制のもとでとかく個別的利益を強調しがちな地方議員における、「政党ラベル」つまり、「この政党に所属していますよアピール」の使われ方の分析です。

日本の地方議会では都道府県議会や一部の政令市を除いて無所属議員が非常に多く。「政党ラベル」を積極的に活用しようという議員はほとんどおりませんでした。

また、都道府県議会や政令市でも、中選挙区制のもとでは自民党と主な野党は結果的に議会で疑似連立与党になることが多く、知事や市長も、どの政党も過半数を獲れない制度のもとで、相乗りの無所属で出馬したり、どこかの党の公認のもとで当選したとしても議会では協調的な態度をとることが多くありました。

しかし、地方分権により知事や市長の権限が強まり、そういった知事や市長が独自政党をつくって議会の主導権を握りにいくケースが増えています。そのような党に所属する議員は、当然、「政党ラベル」を強力に用いますし、主張する争点は小選挙区制で行われる知事選や市長選の争点をそのまま引っ張ってきたような、個別利益ではなく全体利益に関わる事柄となります。そうしなければ、人気リーダーたる知事や市長と矛盾が生じてしまうからです。

ここでお株を奪われるのがやはり民主党です。全体利益を主張すると言っても、選挙制度は中選挙区制ですから、

・クライエンタリズムの自民党、保守系無所属
・伝統的政党ラベルの公明党、共産党
・知事、市長の支持者を惹きつける「全体利益」な新興地方政党

3番目のポジションが(少なくとも国政における)民主党のポジションであったにも関わらず、地方選挙では主張が被ってしまいます。しかも、民主党は全国的な支持を気にかけなければなりませんが、地方政党はその県や市だけの「全体利益」(時には近隣窮乏策)を主張できるわけですから、「特定県・市ファースト」な支持層は民主党よりも新興地方政党を支持するのが明白です。

こうした制度が、またも小選挙区制の思想を妨げています。

 

第8章 新たな政党政治に向けて

本章では、これまでの分析を踏まえ、特に中選挙区制を含む異なるレベルでの異なる制度での選挙や、中央政府と地方政府が拮抗できるほどに均等な権限を持つことが、政党単位で議員や有権者がまとまっていくのを阻害していると結論付けられます、

そうした結果に著者は危機感を抱いており、分裂的な局面が恒常化すると、極端な個人の人気なしには統一的なパッケージに基づく政治が行われないとしています。そうしたなかで、例えば地方政治への非拘束式比例代表制の導入など、政治制度全体を、中央―地方や選挙相互の関係に着目して見直すべきとしております。

4. 結論

なぜ狙い通り2大政党制にならず、統一的なパッケージで政党が争うという当初狙った図式にならないのか。それを地方政治に着目して解き明かした名著です。あえて不満を挙げるとすれば、「知事の権限は強力」という議論の前提をもう少し具体的に解説して欲しかったのですが、「知事を中心とした勢力の興隆」という近年の風潮からは直感的に納得できることでもあり、そこまで求めるのは行き過ぎなのかもしれません。

ぜひ、政治に興味がある方は読んでみてください。

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