漫画 「1518! イチゴーイチハチ!」 第3巻 相田裕 星5つ

1518! イチゴーイチハチ!
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1. 1518! イチゴーイチハチ! 第3巻

挫折を経験した生徒たちが生徒会活動を一生懸命に楽しむ学園青春物語、「1518!(イチゴーイチハチ)」。私がいま最も注目している作品の一つであり、特にこの3巻は珠玉の出来栄えです。第1巻、第2巻の感想はこちら。

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漫画 「1518! イチゴーイチハチ!」 第2巻 相田裕 星4つ
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生徒会の2年生役員であり、難関国公立を目指す「選抜」コースに所属する三春英子(みはる えいこ)と東慧汰(あずま けいた)にもスポットが当たるほか、烏谷の野球との訣別にも一区切りがつき、ミニクライマックスといった様相。正直、「ミニクライマックス」でこれほどまでに感動できる漫画はなかなか目にできないでしょう。

2. あらすじ

新歓マラソンを無事成功させた生徒会執行部。次の重要行事である生徒総会に向け、会長の指示のもと、執行部の面々は着々と準備を進めていく。

生徒総会で行われることは主に2つで、1つは前年度決算と今年度予算の承認、そしてもう一つが、各委員会の紹介である。東と烏谷が中心となって会計のとりまとめを行う一方で、各委員会の紹介もあるのならば執行部もやろうということで、生徒会執行部の紹介ムービー制作を画策する一同。アイスの自動販売機復活を成し遂げた「アイス大作戦」の一部始終をミュージカル風にまとめた内容で、ムービー作りは賑やかに進んでいった。

そして生徒総会当日、途中までは順調だったものの、決算承認の投票集計の結果、投票数が1だけ足りず、再投票で集計やり直しとなってしまう。タイムスケジュールは遅れ、時間内に終わらせるには「工夫」が求められる展開に。しかし、この後の各委員会の紹介を削るわけにはいかない。生徒会執行部が下した決断は……。

大切なことに少しだけ気づいていて、まだ多くの部分でなにも分かっていない。そんな高校生たちが織り成す、切なさと爽やかさの青春物語。

3. 感想

こんなにも濃密で劇的な作品が他にありますでしょうか。それも、熱血部活ものでもなく、ドタバタラブコメディでもなく、ミステリーでもサスペンスでもSFでもない、ただリアルな生徒会の日常を描くだけでこれほどのヒューマンドラマを展開できるのはこの作品だけです。

この3巻では前半3分の1ほどで三春と東にスポットが当てられ、残りの3分の2で生徒総会向けムービー撮影に関する顛末が描かれます。

まずは三春と東の話。公立校の入試で鼻血を出し、本領発揮できず滑り止めの松武(※)に入学した東は、「次の受験では負けない」と勉強に精を出す1年間を送る。そんな1年生の冬、同級生で同じく成績上位の三春から「いっしょに生徒会やらない?」と誘われる。

※物語の舞台となる「私立松栢学院大付属武蔵第一高校」の略。「文・武・楽」がモットーで、行事が盛ん。受験ではトップ公立校の併願校となる立ち位置。

スタイルが良くて頭脳明晰という設定の三春に、地味男子で技術工作部の幽霊部員である東が誘われるというところだけややリアリティを欠きますが、この東の「公立落ちが悔しくて勉強している」という設定も、「トップ公立校の併願校」という松武の特性をうまく活かしています。それどころか、そのような学校と最初に設定した(第1話の2ページ目で、松武の特徴として真っ先に幸から語られる内容です)のですから、凡百の作者ならば「公立落ち」にコンプレックスのある東のような生徒を主人公に仕立て上げるでしょう。それだけ説得力のある、いわば学校の設定からすれば王道ともいえるキャラクターが脇役で登場するというだけでもこの物語全体のレベルがいかに高いかということを示しています。もちろん、主人公格の登場人物(幸、烏谷、会長)が東以上に「主人公している」のは第1巻や第2巻の感想で述べた通りです。

さらに凡百の作品と異なるのは、この東にモノローグで、「役員を引き受けたのは、正直、少し後悔している」と語らせるところです。普通の作品なら、「勉強ばっかりじゃなくてよかった。仲間!イベント!青春!特別な時間!」となるところですが、成績がじりじりと下がっていき、勉強時間を確保できていない東は、「当初の、自分の本当の目的から離れつつある」ことに自覚的です。しかし、「後悔している」と語らせたあと「でも、俺も楽しんでるよ」とモノローグを重ねさせます。自分の「やるべきこと」から外れていても、どこか楽しくて、なんとなく通ってしまう生徒会。そこで仲間と触れ合い、様々な経験をすることこそ「やるべきこと」であり、その場に誘ってくれた三春こそ高校生活を良いものにする転機だったことに彼が気づくのはまだまだ先です。東がまだ高校二年生の段階で、「勉強ばっかりじゃなくてよかった。仲間!イベント!青春!特別な時間!」なんて言ってしまっていては、それこそ「漫画の登場人物」であり、学生生活を通り過ぎた後の大人たちの論理が剥き出しです。なんとなくぼんやりとした、でも、なぜか足が向いてしまい、楽しんでしまっている生徒会。その感覚を持てる一瞬の時期を過ごす東の思考を、その一瞬の輝きに自分では気づいていないことまで織り込んで描けるのは素晴らしいの一言に尽きます。

また、会長から誘われて、自分一人では入らずに東を誘って生徒会役員となった三春の心情も想像するに楽しいものです。「選抜(※)は7限(補講)があるから無理です」と言いつつ、結局、東を誘って生徒会執行部入りを決めた三春。情報コースの上級生である会長はどうやって彼女を知り、なぜ彼女を誘ったのか。三春はなにを求めてほとんど話したことのない東を誘い、生徒会に入ったのか。「冒険してみたかったのかな。でも、一人じゃ怖かったから」と語る三春。平凡で波のない学校生活に嫌気がさしていたのか、はたまた別の理由があるのか。前者であれば、その倦怠感を描くのにこの作品は素晴らしい技巧を見せてくれるはずですし、後者であれば、ここまでの展開が上手く伏線になるよう描いてくれるはずと期待しています。

※松武は一つの学年の中でも偏差値順に「選抜」「特進」「情報」とコースが分かれている。

そして後半、ムービー制作と生徒総会の場面。丹念にムービー制作過程の盛り上がりを演出しておきながら、結末はなんと、タイムスケジュール調整のため生徒総会での放映をカットするというもの。会長と烏谷があっさりとその決断をするのに対して、幸が「せっかく作ったんだよ!」と抵抗するのが印象的です。

大切なものをあっさり放棄する。短い人生ながら、マウンドの上でも外でもそんな決断をしてきた、気持ちの整理をつけてきた二人が清々しいまでに努力の結晶を封印するのに対し、「夢中になれるもの、頑張れるもの、自分とはこういう人間なんだ」と言えるものを探している幸は最後まで放映にこだわります。第2巻までは、思い悩む少年である烏谷公志郎に対し、丸山幸がそれを受け止め、「笑顔にするんだ」と、幸が烏谷を引っ張り上げる展開だったのに対し、ここでは立場が逆転して、幸が「子供の反応」、烏谷が「大人の対応」を見せます。中高生に対して「未完成」という言葉がよく用いられますが、それは単に、全体的に幼稚だというのとは違います。どう未完成なのかを作者なりに描き、そして、その未完成さをどう物語に生かすのかが要点なのであって、そのあたりがよく練られているのが本作品なのです。「大切なことに少しだけ気づいていて、まだ多くの部分でなにも分かっていない」とあらすじの最後に書きましたが、登場人物それぞれに小さな大人部分と大きな子供部分があり、それぞれの「大人」の側面が要所要所で顔を出して他者の子供部分を補うような働きをして胸を締めつけます。現実と同じように、人には極端な「キャラ」があるわけではなく、それぞれ様々な側面を持っていて、場面場面で異なる側面が出てくるので、総合すると複雑で曖昧で、一貫した役割を負うわけではなく、しかし、それこそが本質であるということを難しいバランスの中で描けています。(しばしば極端で突飛な)「キャラ」を作って、その「キャラ」が特殊で現実離れした動きをすることで物語を進めたり、あるいは、この「キャラ」はいつでも必ずこの反応をする、というような現実離れした逃げで楽に物語を構成しようとする作品が多い中、こうした現実的複雑性を上手く用いて人間を描こうとする本作の優位性は際立っています。

未公表となったムービー。第3巻の最後で、烏谷はそれを父親に見せます。「親」との関係をしっかり描こうとするのもこの作品の良いところです。「親が海外赴任で……」とするか、やはり突飛なキャラクターの親を出すことで「大人」を描くことから逃げたりはしません。野球がぎくしゃくすることで、親ともぎくしゃくしていた烏谷。読み終えた瞬間、思わず、大きく息を吐きました。最後の数ページは本当に呼吸することも忘れていたくらいでした。いつかNHKに、もしくは海外のドキュメンタリー制作大手に、それこそ「実写ドラマ」として作ってもらいたい。そのように思わせる作品です。

第4巻に続く

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