新書 「平成の通信簿」 吉野太喜 星2つ その3

平成の通信簿
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1. 平成の通信簿 その3

「語り」ではなくデータをもとに平成時代を振り返り、日本を取り巻く事情につき数値でその変遷を示そうという本書。本記事はその感想の「その3」になります。「その2」はこちら。

「その3」で取り上げるのは第3章、「家計・暮らしから見る30年」。消費、教育、観光といったお金の使い方や、会議の長さ、メディアの視聴時間といった時間の使い方、そして貧困という家計の苦難が取り上げられています。

2. 目次

1. 世界の中の日本
2. 経済・労働からみる30年
3. 家計・暮らしから見る30年
4. 身体・健康から見る30年

3. 感想:家計・暮らしからみる30年

第3章で紹介されるデータのうち、今回取り上げるのは「18. 教育」「21. 先進国の貧困」「23 メディア」になります。 また、「17 消費」にも必要に応じて言及いたします。「家計・暮らしから見る30年」というタイトルの通り、私たちの幸福に直結し、最も身近に感じる分野の統計ですから、示されるデータの生々しさが目立ちます。1日1日の変化をあまり感じない部分だからこそ、広い視点で見ることでその変化の大きさが分かるのではないでしょうか。

日本の公的部門が教育に投じる費用が小さいことは政策界隈での常識ですが、「18. 教育」でもこの問題は取り上げられています。教育費の公的負担額の対GDP比はOECD加盟34か国中最下位。ここでは「その2」で取り上げた通り、平成年間において日本の一人当たりGDPのランキングが急速に低下していったことも考慮に入れるべきでしょう。人口に占める子供の比率が違うとはいえ、一つ上にインドネシアがランクインしていることには危機感をますます煽られます。また、私費負担も含めた教育費全体でもGDP比で4.1%とOECD平均の5.0%を遥かに下回っています。「17. 消費」では、1989年対比で家計の教育支出が20%弱減少したことが語られており、これは平成30年間に15歳未満の子供が32%減少(2320→1533万人)したことを考えれば健闘しているようにも見えますが、大学進学率が26%から54%に上昇する(教育課程が延長される)中のことでもありますので、いかに一人一人の子供にある一年、一日、一秒で投じられている金額が小さいかということが分かります。加えて、「17. 消費」で示される家計支出のデータでは平成年間における大学生に対する仕送り費の顕著な減少が強調されます。1990年には東京の私大生への仕送り額が12万円/月を越えていたところ、2017年には8万6千円に減少しております。家賃はこの間に上昇(4万8300円→6万1600円)していますから、「手取り」はさらに減少しているわけです。長時間のアルバイトに身も心も削られ、なのに教科書を買うのもままならず、勉強するための時間も体力も奪われている大学生。そう考えれば、仕送りの減少も実質的な「教育費」の減少だといえるでしょう。日々の生活が苦しいようでは勉強という意味で「濃密」な大学生活はままなりません。もちろん、資金の投入量だけが教育の質を左右するわけではありませんが、それでも、極めて「薄い」教育をだらだらと22年間受け続けているのが日本の実態であるようです。

「21. 先進国の貧困」では、昨今(政策界隈では)言及されることの多い貧困問題について特集的に取り上げられています。等価可処分所得の中央値の半分以下で暮らす世帯の全世帯に対する比率である貧困率は平成年間で上昇し続け、現在は15.4%。基準となっている等価可処分所得の中央値の半分は「貧困線」と呼ばれていますが、これは1997年の149万円をピークに2015年度では122万円まで下がり、貧困の基準が切り下がっていくという事態さえ起こっているのです。15.4%が高いか低いかについては本書のデータがイマイチだったので自力で調べてみたのですが、OECD( https://data.oecd.org/inequality/poverty-rate.htm)によると2014-2017年のデータで日本はOECD加盟35か国中27位。日本より下はチリ、メキシコ、ラトビア、リトアニア、トルコ、韓国、アメリカ、イスラエルが並びます。相対的貧困において日本がこのグループにいるということは意識しておいた方がよいでしょう。また、より深刻なのは、政府が貧困に対して上手くアプローチできていないということだと思います。日本はOECDで唯一、社会保障を通じた再配分後の方が再配分前よりもジニ係数が高くなるのです。再配分による貧困の緩和をどの程度するべきか、という点には議論があり、各国でその程度が違うのは頷けますが、わざわざ再配分システムを用意しておいて再配分の結果相対的貧困を悪化させるという、どうしようもない愚かしさを日本政府は抱えている、ここに甚大な行政の不効率があります。

そしてもちろん、貧困は「特別な貧困層」の問題かといえばそうではありません。「17. 消費」では、家計支出に占める支出項目のうち、2017年では1989年対比で「被服及び履物」や「教養娯楽」が減少していることも示されます。全体が少しずつ貧困化している、それは紛れもない事実です。

「23. メディア」 では、平成年間における人々がアクセスするメディアの変化が示されます。端的に言えば「インターネット」の章なのですが、若者への浸透度合いは相当なもので(逆に高齢者層には驚くほど浸透しておらず)、一日の間にテレビ/ネットを一度でも見た割合を見ると、20代では64%/95%に対して、60代では64%/46%となっています。テレビの視聴時間、というデータでも、若者ほど短く、高齢者ほど長くなっていて、若者は高齢者と比べて1~2時間ほどテレビ視聴時間の短い傾向にあります。また、新聞は退潮が著しく、2015年度では1995年度対比で新聞を読む人の割合が全世代で低下しており、2015年度には50代や60代でも半分ほどしか読んでおらず、10代、20代では10%未満という有様。

このようなデータから、著者は世論形成の在り方が異なってくることを指摘していますが、それ以上に、というより、より身近な現象として、世代ごとの「話の合わなさ」が顕著になってくるでしょう。それが家族だろうと職場だろうと地域だろうと、共同体を形成するうえで最も重要なのは私的コミュニケーションの分野です。私たちがお互いを共同体の一員として情を感じ続けるためには、これまでの「テレビの話題」中心文化から円滑に移行し、全く新しい話題形成をしていく必要があるのだと思います。

その4に続く

長くなったので記事を分割し、続きは「その4」とします。

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