新書 「日本社会のしくみ」 小熊英二 星3つ その2

日本社会のしくみ
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1. 日本社会のしくみ その2

日本の特徴的な雇用慣行の形成過程を国際比較や歴史的観点から解説する分厚い(600ページ!)新書。レビューも長くなって「その1」を受けての「その2」になります。「その1」はこちら。

感想欄の記述は「その1」から直に繋がっておりますので、「その1」を読んでからご覧ください。

2. 目次

序章
第1章 日本社会の「三つの生き方」
第2章 日本の働き方
第3章 歴史の働き
第4章 「日本型雇用」の起源
第5章 慣行の形成
第6章 民主化と「社員の平等」
第7章 高度成長と「学歴」
第8章 「一億総中流」から「新たな二重構造」へ
終章 「社会のしくみ」と「正義」のありか

3. 感想

それでは、どうしてこのような差が生まれたのでしょうか。その理由は歴史的経緯の違いであり、その解説こそ本書のメインディッシュになります。欧州では中世の「ギルド」からの名残りで職種別組合が発展し、組合が特定技能の教育・技術認定を行ったほか、組合が同一技能だと認めた職人同士が所属企業の違いという理由で給与差が生まれないようはたらきかけたためです。一方、アメリカでは戦時中の労働力不足で労働者の発言権が高まり(凄いことですよね。それを抑制しなかった国が抑制した国に対して戦争で勝利を収めるのですから)、職長による恣意的な賃金体系の改善を求めだしたところから職務給の萌芽が芽生え始めます。つまり、職長に気に入られているか否かではなく、それぞれが受け持っている仕事の性質に合わせて賃金が払われるべきだと主張し始めたわけです。それに加え、公民権運動などで人種差別撤廃が謳われるようになるとこの傾向に拍車がかかります。就職や給与支払いの際に人種差別をさせないようにするには差別心の隠れ蓑になるような曖昧な基準(それこそ精神力やコミュニケーション能力など)ではなく、「職務」に対する専門性だけを考慮すればいいというわけです。

一方、日本の近代的「雇用」の歴史は専ら官庁による採用から始まりました。明治初期では激増する行政需要に帝大卒者の供給が追い付かず、とにかく卒業した者から(あるいは卒業すら待たずに)どんどん採用するというやむにやまれぬ新卒一括採用がなされていました。多様な行政需要対応のために職務の限定などという発想はあり得ず、勅任官や奏任官、判任官といった職務に関わらない階級で給与が決まり、帝大を卒業して官庁に入った人々は凄まじい速度でこの階級の階段を上っていったのです。この方式は当時雇用の大部分を占めていた国営企業や地方公務員(教員含む)にも適用されていったため、世の中に敷衍していきました。「大卒」あるいは「高偏差値大卒」というステータスで足切りし、あとは「職務」ではなく「職能」と「年次」で給与を決める。「職務」ごとの専門分化以前の問題で、そもそも「マネジメント」をする立場の人間の供給が圧倒的に不足していた時代背景がこの慣行を形成していきました。

さらに、軍国主義の到来がこの傾向に拍車を掛けます。軍隊では「大将」や「中佐」といった職能階級と「大隊長」「砲雷長」といった職務割当が並行して存在するのが普通で、給与は職能階級で決まっていましたが、仕事の内容は職務割当で決まっていました。また、同じ職能階級でもある人は大隊長である人は中隊長ということもあったようです。ほとんど全ての男性を雇用したこの組織における待遇決定方法は人々の意識に敷衍し、「職務」にとらわれない給与決定方法への違和感をなくしていった面もあるようです(他国もそうなのではと思いますが)。

とはいえ、こうした職能階級(=年功序列+入社して何十年経ってからの差別化)は一部の大卒エリートや軍の高官が享受する賃金体系であり、戦前の「残余型」といえる現場労働者たちはやはり恣意的な賃金決定と解雇に怯える労働体型を強いられていたのです。戦後の経済成長の中で自由市場の中での労働力不足が到来し、ここで(大企業とその労組は)現場労働者にもこの職能階級を広げていきます。企業横断的な労働組合や職種団体が存在せず、企業ごとに労働組合が組織された結果、「職務」で差をつけて厳密に評価すると内紛に繋がりかねないという恐れから、結局、採用されたのは職能階級制度というわけです。また、年功序列賃金制は結婚・(妻の)出産・育児進学といったライフコースにおける支出の増加と親和性が高く、まだまだ生活さえ厳しい中で生活給保障的な側面もあって受け入れられたようです。

ここからはおなじみの「高度経済成長以降」が始まり、社会の高学歴化による事務職を求める人の増加と現場労働者や現場サービス提供者を求める企業側のあいだに横たわる雇用のミスマッチ。それを補うための(総合職というより一般職や現場労働者としての) 女性雇用 、高卒者・大卒者の現場労働者や現場サービス提供者への就職、そして非正規雇用への流入と続いていくわけです。高校や大学が担った職業紹介制度なども含め本書ではこの部分もよくまとまっておりますが、これは実体験や昨今世に出ることの多い関連記事などを読んだ方が生々しく感じられるでしょう。最終章には著者である小熊さんからの提案があり、まともなことを言ってはいるのですが、最も重要なのは、日本にこれらの問題点を盛んに議論したり皺寄せを喰らっている人々が声を上げていける土壌があるかどうかという点なのではないでしょうか。その意味では雇用形態や生活費の問題を赤裸々に語る「れいわ新選組」の勃興が興味深いですね。

4. 結論

面白い本だと思いました。日本の雇用慣行や海外との比較、それらの形成過程などは様々な分野で盛んに研究されており、それらに普段から関心があって関連書籍を読んでいるという人々にとっては新しい話ではないと思うのですが、一般(非アカデミック)に向けた総集編的な書籍を出すことに意義があるでしょう。学術的な書籍にあたるのでも、まず前提知識としてこれを読んでおけばという決定版的新書になっていると思います。

ただ、クルップ社や日立製作所など、論を進めるにあたって示されている例がやや限定的で普遍性について疑問を挟む余地が多少なり存在するのが欠点だとも感じます。個別の例を用いるのにも「これが普遍的な例なんだ」ということをもう少し強調できるような補論があると「一般法則」感が高まり、恣意的なピックアップ感を抑えられるのではないかなと思いました。統計学も発展していますし、ピケティ本のように膨大なデータからビッグヒストリーをつくっていく手法も流行なので、より基礎データを充実させて分析されていくことを期待しています。また、国際比較にしても、これはあくまで日本視点から見た比較ですので、欧米諸国が自国の雇用慣行についてどう研究しているのかというところも知ってみたいですね。

日本雇用慣行についての学術的理解を得たいと思うのならば初手としてまず避けられない本だと思いますし、政治・経済・社会に興味を持ったら初めに読む本でもいいと思います。単独では新鮮さや精緻さに欠けますが、本書による理解を出発点に「日本社会(の雇用慣行)」を考えていくのには良い本だと思います。

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