小説 「細雪(下)」 谷崎潤一郎 星3つ

細雪
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1. 細雪(下)

上巻、中巻と記事を重ねてきた「細雪」。これが最終巻である下巻の感想記事になります。上巻、中巻の紹介はこちら。

上巻248ページ、中巻305ページと、これだけでもなかなかの長編ですが、下巻は346ページで全巻合計899ページになり、まさに大長編に相応しい貫禄。ヨーロッパで第一次世界大戦が始まり、激動の時代が始まりを告げる中、旧習に倣ってお見合いを続ける雪子と、職業婦人や身分違いの恋など、新しい生き方を模索する妙子。二人の結末と、それを見つめる幸子の心情と時代の相克が鮮やかに描かれます。

2. あらすじ

板倉の死により、激しい恋に終止符を打たれた妙子。だからといって奥畑への慕情が復活するはずもなく、彼には憐憫の気持ちしかないといって、結婚せず職業婦人になる気である。そんな妙子をよそに、雪子のもとへ2年ぶりの縁談がやってくる。話は珍しく本家からもたらされたもので、蒔岡家の長女鶴子の夫である辰雄が、その姉から紹介されたというもの。相手は岐阜県大垣に住む沢崎という男で、幸子は雪子を引き連れて大垣まで行くものの、せっかく「薪岡家の令嬢」が来るというのに、迎える側の準備は粗末なもので、また、沢崎の態度も雪子を値踏みするかのような、不快なものだった。

幸子が相手方の態度に心情を乱され、憤慨していたところ、追い打ちをかける手紙が先方から届く。なんと、先方がこの話を断ると言ってきたのだ。雪子が相手側から縁談を断られたことは初めてであり、本家が用意した縁談にも関わらず、舐め切った態度をとられたうえに一方的な断りを入れられたことは幸子のプライドを激しく揺さぶった。しかし、夫の貞之助はこんなものだと冷めきっている。そして幸子も徐々に、ようやく冷静に事態を理解し始めていく。もはや蒔岡家の三女など、斜陽の旧家の行き遅れの女など、世間はまともに取り合っていないのだ。本家でさえ、そう思っているのだ。

一方、憐憫の気持ちしかない、と言っていた妙子は、事件を起こして実家から勘当された奥畑のもとへ頻繁に通うようになっていた。舞にも人形作りにも以前ほどには熱意を持てない様子の妙子。奥畑の実家の威光をあてにしていたために妙子と奥畑との交際を認めていた本家にこの行動は受け入れられず、妙子は蒔岡家を絶縁されてしまう。

そんな中、雪子には早くも次の縁談が舞い込む。見るからに聞くからに良さげな案件。もう、つけあがったりしない。妙子のトラブルを抱えながらも、そんな覚悟で縁談に臨む幸子だったが……。

3. 感想

雪子の縁談がこれ以上ない無惨な終わりを迎える、というエピソードから始まる下巻。中巻の感想では幸子の奢り、蒔岡家の価値や時代を見誤った勘違いについて述べましたが、まさにそういった、幸子の主観と世間の客観とがぶつかり合うエピソードであり、幸子に感情移入してきた読者としては大きな悲劇的カタルシス、幸子の言動を冷静に観察してきた読者としては、してやったりそれ見たことかという気持ちになるのでしょう。少し財産があるだけでその名も轟いてなどいない零落旧家が蒔岡家なのだということ、そして、その蒔岡家の行き遅れた30半ばのお嬢さんが雪子であり、そんな女性を縁付かせなければならないという高く険しい目標に自分たちが挑戦していることにようやく気づくのです。

現実を見始めた語り手、幸子が地の文で吐露する悔しさと惨めさ。自分たちに価値はない。それを認めたくないが認めなければならないという気持ち。そんな心情の変化が印象に残ります。「ダメな自分(たち)」を受け入れなければならない葛藤、というシーンは、いつの時代も、どんな年齢の人にとっても、人生における痛切な瞬間なのだと感じますね。

そうやって、ようやく幸子が「まともさ」を獲得しかけているところに、良い縁談が舞い込んでくる、というストーリーを構成するのがまた谷崎の嫌らしいところ。子持ちで40代だが、明るく洒脱で親戚となる妙子の生き方にも寛容、給与も資産も十分。そんな橋寺という人物と蒔岡家との関係がとんとん拍子で良くなっていく過程には再生への希望を感じさせます。

だからこそ、希代のストーリーテラー谷崎はこの縁談を破談にさせてしまいます。何もかも上手くいくと思った矢先、橋寺から一本の電話が蒔岡家に入る。家に女中以外の人間は雪子しかおらず、雪子が応対に出てしまう。(現代の感覚からすれば信じられませんが)電話でのやりとりが極端に苦手な雪子は橋寺に対して憮然とした受け応えをしたうえ、橋寺のデートの誘いを断ってしまいます。橋寺は憤慨し、縁談は一気に瓦解。上中巻と、この雪子の、「本当に何もしない我儘さ」が時おり顔を出していたのですが、ここで噴出させてくるのがこの物語の妙味でしょう。自分では何もせず、意見も言わないくせに、自分の思い通りにならないとふてくされて、周囲の人間に気を遣わせることで事態を思い通りにさせる、そんな雪子の陰気な我儘さがこれまでの縁談でも目立たなかったのは、幸子や周囲の人間が縁談を表立ってリードしており、その役割を積極的に引き受けていたからです。いざ、縁談がまとまりかけ、雪子本人と相手方との直接のやりとりが試される場面が下巻でようやく訪れ、ここで、「雪子の性格」という丹念に用意された伏線が爆発する。論理的には予想できたはずなのに、物語の巧みな流れに目をくらまされて気づかない。読者をあっと言わせて、してやられたと思わせる技量は純文学ながら推理作家のそれといっても過言ではありません。

しかしながら、雪子は最後、橋寺とは別の資産家の男と結婚します。これまでの案件と比べ、客観的に良い条件ではありませんが、上巻前半と比較したときの幸子のトーンダウンは見ものです。橋寺との縁談を自らの愚かな行動により破談させても、反省の素振りさえ見せなかった雪子。上巻でも、風采の良くない野村との縁談のときだけ自らの意志で拒絶するなど、面倒くさい面食いの雪子。そんな雪子がちやほやされるのは、和美人で、雰囲気に令嬢の佇まいがあるから。だからこそ、読んでいるあいだは雪子を個人的にはあまり好きになれなかったのですが、読後に思い返してみると、もしかしたら、雪子の我儘さはそれほど単純なものではないのかもしれないと思うようになりました。これまでも述べましたが、作中で蒔岡家の名前に鼻をかけている人物としては幸子が筆頭ですが、長女の鶴子もその気があるのは明白です。一方、蒔岡家全盛を知らない妙子は奔放。すると、雪子はどうなのでしょう。雪子もまた、家の名前ばかりに縋る幸子や鶴子を内心疎ましく思っていたのかもしれません。そして、それに反発するやり方が、妙子は不良少女になることだったのに対して、雪子は口を閉ざし、態度を硬化させ、あなた方の言うことには従うが、あなた方の言うことには一つも納得していない、という態度を示すことだったのではないでしょうか。幸子が三姉妹の、波乱があっても絆で結ばれていることを強調する場面も数回ありますが、それこそ幸子の最大の勘違いであり、旧習に囚われた姉の言い草に耐えられないと思いながらも、作り笑いをしていたという点で、対照的に見える雪子と妙子は共通していたのかもしれません。

それは、この小説の独特な点としてよく挙がる、ラストシーンにも現れています。結婚が決まったというのに、雪子はにこりともせず、東京へ出発の日には下痢になってしまい、いつまでも下痢が止まらない。谷崎の諧謔だと言われることが多いですが、これは大真面目に書いているのではないでしょうか。旧習に囚われた、閉じた一生を送ることが、完全に確定してしまった雪子。婚前、そのことを受け入れる覚悟ができていたつもりだったけれど、いざ周囲の決めた相手と結婚するとなると、お腹が痛くなるくらいにその人のもとへ行きたくない。沈痛で趣深いラストシーンなのだと思います。

一方、妙子が迎えた運命はそれ以上に劇的なものです。結局、奥畑とは別れ、三好というバーテンダーとの子供を身籠った妙子。貞之助は奥畑に手切れ金を払い、妙子を遠方の病院へ隠します。妙子は蒔岡家に絶縁されたことで行き場を失い、まだ撚りを戻せると下心を燃やしていた奥畑の脛をかじりながら暮らし、それでいて奥畑に尽くすことなどもなく、どこの馬の骨とも知らないバーテンダーと関係し、結局、その人物とひっそり所帯を持つことになります。この間に妙子が赤痢になってしまうエピソードが挟まるのですが、蒔岡家が妙子を勘当している手前、幸子たちは裏方としての支援しかできず、奥畑やその女中である婆やが妙子の面倒を見みます。そして、その婆やから、妙子が奥畑の脛を情けないほどに齧りつくしていることを幸子は聞かされるのです。奥畑が店の貴金属に手を付けて破門されたのも妙子と関係があるらしいと仄めかされます。これを人間として問題ある行為だとして、身内の恥だとして幸子に同情を寄せるのはたやすいことでしょう。しかしながら、束縛の激しい家に生まれ、結婚も順番待ちでなかなか許されず、かといって職業婦人になることも拒まれた女性が自分の人生を満足に生きようとするとき、自らの持つ数少ない魅力である美貌と手練手管に頼ろうとするのはむしろ当然なのではないでしょうか。バーテンダーと結ばれた彼女を、上述した雪子より不幸だと断じることはできないのだと思います。結局、子供は死産となってしまうのですが、それでも「低い身分の世界」に身を投じていく妙子の後姿からは、不条理と闘う虚しさと、それでもその闘いに挑んでいく勇気を感じられるのではないでしょうか。

メインストリーについて感じたことは以上になりますが、他にも時代を生き生きと描いた面白い寄り道エピソードに溢れているのが本作です。蒔岡家の近くに住んでいるドイツ人親子との交流や、ロシア人と食卓を囲むエピソード、時おり送られてくる手紙によって語られる、ヨーロッパの戦争によって翻弄される彼らの人生。これらの話が挟まることで、日本の旧習が世界情勢に刺激されて変わっていく様子が理解できるようになっており、物語に立体感が生まれています。

また、蒔岡家の女中の一人、お春に関するエピソードが時おり挟まるのも面白いですね。手癖が悪く、綺麗好きの真逆を行く彼女ですが、人当たりが良くていざというときの判断力も充実している。彼女は「長所がなく働き口が見つからないからどうか雇ってください」と蒔岡家に送られてきたのですが、蒔岡家の話に集中しているとつい忘れてしまいがちな、都市の庶民の性格や暮らしが彼女から伝わってきます。結婚や子育てについて、戦後、日本の中産階級の暮らしは「貴族化」していきました。豪華な「家同士」の結婚(式)や、丹念に学校に通わせる子育てなどは、それこそ蒔岡家の人々のような階級だけが行っていたことだったのです(一方で、「女中=お手伝いさん」を雇う文化は復活せず、極めて核家族の親の負担が多い形になっていますが)。面子や見栄ばかりに拘るこの「細雪」の世界を、お春の視点から見てみるとまた面白い発見があるのかもしれません。

4. 結論

やや冗長で飽きが来ることもあったり、強めの解釈を挟まなければ楽しめないところ(最高の作品とは、何も考えずに読んでも面白く、解釈をしようと試みても面白い作品です)で星を二つ減じましたが、3つか4つかは際どいところ。日本文学の代表作の一つとして、きっと読まれ続けていく作品でしょう。

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