もはや学校は何かを学ぶ場所ではなく、テストを受けに行く場所になっているのではないか

教室
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・プロローグ

音楽の授業を受けたって歌や楽器は上手くならないし、美術の授業を受けたって絵や彫刻は上手くなっていない。

体育の授業で「身体の動かし方」を勉強したから運動が前よりもできるようになったなんて経験もないし、五教科の授業さえ、先生の言ってることがちんぷんかんぷんでどうにも理解できない。

学校の授業って、何の意味があるんだろう。

もちろん、国数社理英音美体のそれぞれが将来役に立つっていうことくらい、ぼんやりとは分かってる。

でも、学校に通ったって、授業を受けたって、授業から得られるものなんてないじゃん。

学校の授業が「役に立つ」能力を伸ばしてくれないじゃん。

五教科の筆記テストで良い点を獲るのは塾に通っている人ばっかりだし、音楽や美術、体育の授業で活躍するのは、ピアノを習っていたり、絵画教室に通っていたり、部活や学校外のスポーツチームに入って練習している人ばかり。

決して、学校の授業や課題を頑張っている人じゃない。

・運動塾(体育塾)の誕生

この問題を考え始めるきっかけになったのは、幼児・小学生向けの「体育塾」や「運動塾」が相次いで開校され、人気を博しているという新聞記事を随分前に読んだことです。

以来、このビジネスはさらに活況を呈しているようで、大手も含め多数の企業が「体育塾」「運動塾」市場に参入しております。

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単なるスポーツ系の習い事の一種だという捉え方もあるのでしょうが、速く走るコツや逆上がりの仕方など、基礎的な運動能力向上に特化して教えるという点に注目すると、野球クラブやサッカーチームのような特定のスポーツ種目を行うための習い事とは異なる代物だと整理することができるでしょう。

当然、野球やサッカーといった特定のスポーツ種目は、学校という場だけでは継続的に何年間も取り組むことができません。

なぜなら、小学校6年間の体育の時間を単一の種目だけに費やしてしまっては、その種目に対して適性のない生徒に対して不公平ですし、様々な種目を通じて運動についての様々な能力をバランスよく鍛えるということ、あるいは様々な形式での身体の動かし方を教えるという体育の授業の目的にも反してしまいます。

文部科学省のホームページによると、体育の授業の目的は以下の通りだそうです。

体育は,すべての子どもたちが,生涯にわたって運動やスポーツに親しむのに必要な素養と健康・安全に生きていくのに必要な身体能力,知識などを身に付けることをねらいとするものである。
こういった観点から,体育の目的の具体的内容(すべての子どもたちが身に付けるべきもの)を考えると,体育の授業を通じて,すべての子どもたちに,以下のように,一定(ミニマム)の「身体能力」,「態度」,「知識,思考・判断」などを身に付けさせることが必要である。
なお,「身体能力」,「態度」,「知識,思考・判断」の側面は,どれが優位にあるとか,より重要性が大きいということはない。例えば,「分かってできる」「できて分かる」という関係において身体能力の向上は知識に支えられ,それら身体能力と知識の向上の学習過程において「考える」「工夫する」という思考・判断が重要となる。さらに,その学習の積み重ねによって,望ましい態度として形成される。
また,体育は他の教科・科目ではできない身体運動を通しての「経験」ができる教科・科目である。例えば,「身体を動かす楽しさ」に関する経験,「競争,達成」に関する経験,集団活動の経験などをすることができる。このような「経験」は,初等中等教育修了の段階までに,すべての子どもたちが,「身体能力」,「態度」,「知識,思考・判断」をより確実に定着させる上で重要なものと考えられる。

2.体育の目的の具体的な内容-すべての子どもたちが身に付けるべきもの-:文部科学省

しかしながら、現実には「体育塾」や「運動塾」が跋扈し、まさに「体育」の目的に合致した内容を教授しております。

つまり、学校での授業内容では上述の目的を達成するのには不十分であると考えているか、あるいは、そこまでの考えでなくとも、学校の体育のテストでもっと良い点数を獲るためだとか、体育の授業で恥をかかないためだとか、そういった意識のもとで、親たちは子供を「体育塾」や「運動塾」に通わせているのでしょう。

・「塾」と学校の授業との関係

このような「体育塾」「運動塾」と体育の授業との関係は、普通の「学習塾」と五教科の授業との関係に似ています。

すなはち、学校の授業についていけないような子供、あるいは、もっと上やもっと先を学びたい子供のために(もしくは、授業についていかせたい親、もっと学ばせたい親のために)、学習塾というものが存在するという関係です。

実際問題、小学校高学年から中学校くらいになれば多くの生徒が学習塾に通っており、学校での授業と学習塾での授業を併用することで教科の内容理解を促進し、学校のテストでより高い得点を獲得しようとしているのが現実です。

小中学校で高得点を獲っていた面々は、みんな塾に通っていたなという記憶がある方も多いのではないでしょうか。

また、高得点を獲る側か否かに関わらず、同じことを勉強しているはずなのに、学校の授業なんかよりも学習塾の授業なんかのほうがよっぽど分かりやすくて、学習塾で勉強をして学校でテストを受けるという感覚だったという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

・学校の授業やテストで発揮される能力

本稿で注目したいのは、まさにこの現象です。

つまり、学校の授業は手を抜いて(気を抜いて)受けorあるいは頓珍漢なままスルーして、主に放課後の習い事で実力を涵養し、学校にはテストを受けに行くだけという感覚です。

実際、私が小中学校に通っていた際も、学校の授業やテストで活躍する生徒というのは、学校の授業に対して熱心に取り組み課題をこなしていた人々ではなく、五教科であればレベルの高い学習塾に通っていた人、体育であれば部活動や学校外のスポーツチームで身体を鍛えていた人、音楽であればピアノやヴァイオリンを習っていた人、美術であれば絵画教室に通っていた人でした。

つまり、今更になって思うのは、学校の授業(特に普通の小中学校の授業)というのは、個々の生徒の能力向上に役立っているのか、ということです。

結論を先取りいたしますと、おそらく、既に(普通の公立小中)学校の授業というものは個々の生徒の能力向上になど役立っておらず、生徒の時間を浪費させるだけのものになっている、ということを以下では述べてまいります。

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