【雑記】とても不思議な子供だった少年時代を振り返る【保育所編】

保育所時代
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はじめに

なんとなく人生を振り返りたくなりましたので、タイトルの内容について文章に纏め、ブログに掲載しようと思います。

「自己紹介」の足しにもなるだろうと思い書くものですが、読者の皆様向けというよりも自分のために書くという趣旨が濃い内容になります。

私の価値観や性格が前面に押し出される記事になっておりますので、不快感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。

無料で自由に見られるブログですので、その点はご容赦頂きたく。

それでは【保育所編】から始めていきたいと思います。

本編

いま思えば、保育所に通っていた頃から私の内向的な性格は行動に現れておりました。

保育所くらいまでの時期であれば「友達グループ」が極端に分裂するようなことはなく、私もガキ大将的な地位の人物に引っ張られながら(あれこれ指示されながら)保育所では遊んでおりました。

保育士の先生たちに連れられての公園遊び(雲梯やブランコで遊んだり、急坂をひたすら上ったり下ったり、戦隊ヒーローごっこをしたり)や、保育所施設内でのレゴ遊びなど、いたって普通の遊びをしていたと思います。

とは言いつつも、いま何をやっているのかを忘却して、ぼうっと思索や想像の世界に耽っている瞬間も多かったのかもしれません(記憶が曖昧です)。

しかしながら、誰もが鬼ごっこのルールさえ覚えられないくらいの理解・判断能力しかない年頃でありましたので、遊びの途中で遊びを忘れてしまうような人間が存在していても良い意味で放置してもらえていたのだと思います。

誰がこの「遊び」に参加していて、誰が参加していないのか。

その点での曖昧さすら許容される、何もかもが流動的な時期が未就学児の年頃というものです。

そんな中でも、自分を象徴するような2つの「遊び」が私の記憶に印象深く残っております。

一つ目は「一人すごろく」です。

この名前は本記事を執筆しているちょうどこの瞬間に命名したもので、当時の私はこの「遊び」に特段どのような名前も付与してはおりませんでした。

遊びの内容は名前の通りで、保育所施設が所有していた未就学児用の簡単なすごろくを一人で遊ぶというものです。

まず、駒を複数個用意いたしまして、全員分のサイコロを自分で振っていきます。

ひたすらそれを繰り返し、あの駒が勝った、この駒が負けた、と自分の中で認識する。

ただそれだけの遊びです。

どういった感情でこの遊びに没頭していたのか、あまり記憶は確かでないのですが、きっと、偶然によって毎回結果が変わることを楽しんでいたのでしょう。

で偶然性の過程を「一人すごろく」で観察すること。

その営為が、保育所の同級生たちと遊ぶことと同等か、それ以上に楽しいことである。

無意識にそう考え行動していたことは、いま考えてみても相当異常な行動のように思われます。

二つ目の遊びは「ピコ」です。

正確な商品名は「キッズコンピュータ・ピコ」といい、セガが発売していた幼児向けの電子玩具になります。

任天堂やソニーが販売している商品と同様、「ピコ」自体はゲームのハードウェアであり、様々なソフトウェアを購入して「ピコ」に差し込むことでその内容を遊べるというもの。

幼児用の据置機だと形容して差し支えないでしょう。

どのような経緯で親から買い与えられたのかは覚えておりませんが、私は「ピコ」本体と「ドラえもん」のソフトを所有しており、保育所から帰るや否や「ピコ」で延々と遊んでいた記憶があります。

ただ、「一人すごろく」とは違い、「ピコ」は当時それなりにメジャーな遊びだったとは思います。

ここで「『ピコ』は当時それなりにメジャーな遊びだったとは思います」と主観的な表現を使用するのは、何も客観的な統計データを持っていないという事実だけに起因するのではありません。

むしろ、「メジャーな遊びだった」という感覚は記事を執筆している途中でインターネット検索をすることによって得た感覚なのです。

実際、あれほど熱中していたにも関わらず、私は級友の誰とも「ピコ」について会話を交わすことはありませんでした。

そもそも、私が口を開くのは専ら話しかけられたときであり、自ら誰かに話しかけに行くなんてことはまるでありませんでした。

なぜだか分かりませんが、特段、誰かに何かを話そうなどという気分になることがなかったのです。

いまでも相当程度その傾向があるのですが、誰かと話題を共有する喜びを感じづらい気質もこの頃からだったような気がします。

そんな日常を送っていましたから、いざ誰かに何かを伝えなければならない場面になると、「どのように会話を始めて、どのように会話を進めて、どのように終わらせればよいのか」が分からずに戸惑っていたように思います。

普通の人は「遊び」の中で他者への積極的な働きかけを行うことでその技術を自然と身につけるのかもしれませんが、その段階を踏まずしていきなりコミュニケーションの必要に迫られると、比喩や誇張ではなくどう話しかければよいか分からなくなるのです。

そんな日常を過ごしていた私ですが、保育所のから帰った後、放課後と呼べる時間によく遊ぶ友達が一人だけおりました。

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