本ブログで唯一、新刊発売のたびに感想を書いている漫画である「1518!」。夏休み編だった5巻から季節は移り変わり、秋の話が描かれます。5巻の感想はこちらから。

1巻から星の数は☆4→☆5→☆5→☆3→☆3と推移させてきましたが、この6巻はさすがに星2つをつけざるを得ないという印象。これまでの筋書きや登場人物への愛着があったのでなんとか読めましたが、これが第1巻であれば次の巻は買わなかったでしょう。現実的なキャラクター造形と心理描写、そして人間ドラマの深堀りという魅力が薄くなり、少年誌で週刊連載されていそうなごく普通のラブコメになってしまっている印象があります。



〇あらすじ

幸と烏谷の関係が進展した夏休みも終わり、学校も再開。生徒たちは文化祭に向けて汗を流していた。そんな中で様子がおかしい人物が一人。ナカナツこと仲里なつみである。吹奏楽部に所属する彼女はコンクール出場チームの松組ではなく、甲子園応援チームの武組で活動しながら文化祭実行委員にも入っていた。トランペットの実力があり、コンクールで金賞を獲った代の松組チームリーダーを姉に持つことから先輩たちには松組にも熱心に勧誘されていたが、姉と比較され、姉と同じような道を辿らされることを面白くないと考えている。悩む彼女はついに退部を決意するのだが、競技をやめた者たちが集う生徒会の面々の反応は......。

ナカナツの葛藤、OB達の訪問と明かされた過去、東と三春のデート(?)。青春を丹念な筆致で描き出す、挫折と新生の高校生物語。


〇感想

普通の漫画になってきてしまっている、という感想です。特に1巻~3巻までにあった独自の良い点がみるみる薄れてきていて、先行きが心配になります。なかでも、登場人物たちの能力・性格・立場の超人化、フィクション化が激しいのが気にかかりました。ストーリー進行や事件発生のための特異なキャラクターを出さず、等身大の登場人物のあいだでドラマを描き出し、誰もにあり得る葛藤と再生を描く。だからこそ、「所詮フィクション」とならずに胸に迫る。それがこの漫画の良い点だったはずです。しかし、段々と、普通の漫画に出てくるようないかにも漫画的な人物になってしまっています。

例えば、6巻の前半で焦点が当たったナカナツですが、実力があるのに姉と同じ道は嫌だからコンクールメンバーに入っていないという設定が明らかになり、落胆しました。これは一般的な生徒からすればあまりに贅沢な悩みでしょう。同じく兄の方が足が速いからという理由で陸上ではなく野球を選んだ烏谷も、野球では遠慮することなくガツガツエースをやっていました。ほとんどの生徒が努力はしても実力不足のせいでコンクールメンバーに入れない中でナカナツのような態度をとっていれば部でもいづらいでしょうし、そんな態度で臨んだ練習ではいくらほどほどの才能があるといってもそれほど実力はつきようもありません。退部せず、競技を離れずしっかりやれという生徒会メンバーの対応は、生徒会メンバーたちが競技をやめた経験のあるなしやそこにあったドラマに関わらず当たり前の態度です。しかも、ナカナツは烏谷の慰留を受けてたった2話で退部届を撤回しますし、しかもそこで恋心が芽生えるという安易な展開。競技を諦めなければならない、ということにまつわるドラマをあらほど濃密に描いた1~3巻がこれでは台無しです。退部するかどうかの選択、そこで様々な人と交わり、一歩成長し、誰かに恋をする。これだけで3巻分くらいの展開になったはずですし、それができるくらいの要素や起伏を入れられるのが本作だったはず。一つ一つの事象の扱いがあまりにも軽すぎます。

次に幸の扱いです。これまでも漫画的あざとさや、やりすぎの可愛い仕草、過剰な純粋さが見受けられましたが、6巻では「めちゃくちゃ可愛くて、男子受けして、しかも劇の主人公になるほど教室の人気者」ということが殊更に強調され、やはり「一般的な生徒」の範疇を軽く超えた、「主人公が英雄である物語の主人公」になってしまっています。これが一途に烏谷を「大好き」なわけですから、ちょっとご都合主義が過ぎるというものです。ナカナツと仲良くする烏谷に対して、「でもちょっと妬けちゃうの」という台詞を宇賀神の前で口にしたり、烏谷に背中を触られて大声で「ひゃあ」と言ったりと、これでは妄想の中の「純粋な女の子」そのままです。真に等身大の15歳~18歳を描いていたからこその漫画の魅力が削がれていってしまいます。

最後に、後半スポットのあたる三春ですが、これも都合の良い二次元の女の子感が増してきています。美貌の優等生で、きさくな側面もあり、冗談も解る。それだけでもなかなか存在しそうにないキャラクターだったのに、「私が行き先を告げられずについて行く男子なんて、勝負で東君だけだよ」は明らかにやりすぎ。幸の「でもちょっと妬けちゃうよ」や「ひゃあ」と同じく、高校生が(高校生に限らずですが)仮に心の中では思っても実際には直接言わない(しかもこんな文語的)台詞は興醒めです。「しょせん作り物」感が強くなるうえ、どれもやたらに男子側にご都合主義的です。キスの話になったときの「相手になってくれる?」も論外ですね。ただ、これが全てモノローグで、これがモノローグになるようなもどかしい展開が為されていれば良かったのかもしれませんが。デートの行き先が東京大学というのも、もう少しどうにかならなかったのでしょうか。逆に東のモノローグは気持ち悪すぎで、「こんな三春英子を撮れるのは自分だけだろう」や「三春英子にこんな刺激を与えられるのも俺だけなんだろうな」。これほど自意識過剰で気持ち悪い感覚がありますでしょうか。これが肯定的に描かれているのが謎です。

また、烏谷の幸に対する過剰な物理的接触忌避も異常でしょう。気を遣ったり、どこまでなら大丈夫な距離感か、といった葛藤はあるにせよ、一切の接近を拒絶するような、男子小学生のような反応は意味不明です。たとえ女の子との距離感が分からなくても、「でも、高校生ならこれくらい普通かもしれない」という気持ちもあるはずで、そこで意地を張ったり、やりすぎて失敗してしまったりといった、それこそ「いままで野球一辺倒だった」人物に与えるべき紆余曲折が与えられていません。これでは起伏と緊張感のある物語にはならないでしょう。恋物語中心になってきたのに、途端に恋物語のリアリティや緊張感がなくなってしまっているのが残念です。


こういった登場人物面を除いても全体に重みがなくなっているのが6巻の特徴で、文化祭や体育祭というイベントがあるからには、それこそ登場人物の誰かが属するクラスでハプニングがあってもいいでしょうし、生徒総会のときのように全体進行の中でトラブルがあり、二者択一の葛藤の中でそれぞれの性格が出るような展開があってもいいでしょう。どうもドラマがなく、キャラクターの「キャラ」を消化するだけになっている気がします。特に三春にその傾向が強く、「優等生」「美人」を消費するだけで、これではそんじょそこらのラブコメやギャグ漫画に出てくる金持ちキャラの使い方と変わりません。


そんな中で唯一、踏ん張りを見せていたのが第45話「アーリー・デイズ」でしょう。前会長・副会長と、現会長、副会長の思い出の一幕。「執行部内恋愛禁止」の文字に秘められた物語。純粋に生徒会の活動が好きなのではなく、好きな人に近づくために生徒会に入ったなら、それは許せないと思う心と、「そんでもって潔癖な自分が嫌になる......」という気持ちのせめぎあい。好きのためならなり振り構わない、という潔癖も心のどこかでは分かっている勇金先輩の台詞が好きです。


次巻はここから盛り返して欲しいところ、ここで取り戻せなければ奇跡のスタートダッシュを決めただけの作品になってしまうでしょう。冬の物語では会長の卒業が描かれるのでしょうか。あまりにあっさりとはやらないで欲しいですね。