「政権交代期における政治意識の全国的時系列的調査研究」という日本の有権者の投票行動を研究するプロジェクトがあり、その研究成果をまとめたシリーズの一つが本書です。著者は関西学院大学の山田真裕教授。

どのような有権者がどのような考え方をもとに投票行動を行ったかを解き明かすというのが一応の主題ですが、特定の主張をするための本というよりも、上述の調査に寄って得られた生データ・アンケート結果の統計処理後データインデックスのような役割が強いように思えます。いくつかは興味深い分析結果があり、イメージ論で政治を語る前に読んでおきたい一冊です。



〇感想

本書の目次は以下の通り。

序章   本書のリサーチ・クエスチョンとその背景
第1章 2009年総選挙における政権交代と民意 
第2章 スゥイングしたのは誰か
第3章 2010年参院選における投票行動
第4章 民主党政権の瓦解と政治不信の深化
第5章 2014年総選挙における政治不信と投票参加
第6章 一党優位政党制の復活
第7章 われわれは選択肢を持ちうるか
補論1 有権者調査の現状と課題
補論2 2005年衆院選における自民党と政治的情報量


第1章のテーマにもなっている2009年の総選挙(旧民主党が政権交代を果たした)を中心に、なぜ政権交代が起き、その後、なぜ政権交代が起きる気配さえなくなったしまったのかを有権者に対するアンケート結果をもとに統計的アプローチによって分析しようというのが本書の目的。著者は「政権担当能力評価」という概念を用いて説明を試みており、これは長く本格的な政権交代がなかった日本において、自民党以外が政権を獲得するには、まずもって有権者から「政権担当能力」があるとみなされければならないだろうという推論に拠っております。政権担当のひとときには有権者の多数が自民党にも旧民主党にも政権担当能力ありと考えておりましたが、時を経るごとにその評価は失われていき、今日において「政権担当能力あり」という評価を受けているのは自民党のみであるという状況になったというのが本書の大まかな流れです。

そんなことは当たり前ではないか、自民党の支持率が高く、野党の支持率が低い状況は、まさに総合評価である「政権担当能力評価」の賜物なのだから、「政権担当能力評価」は自民党と野党の支持率の言い換えに過ぎないのではないかと思われる方もいるかもしれません。しかし、政権交代期前後には自民党と旧民主党の双方に「政権担当能力」を認める有権者が多く、逆に今日では、自民党のみに認める有権者が多数派で、「そのような政党はない」という態度が2番手であることが本書では示されます。この現象が特異なものであると認識するには、例えば米国や(少し前までの)英国の様子を思い浮かべてみると良いかもしれません。共和党と民主党、保守党と労働党という二大政党が君臨しており、それぞれの政党の支持者も、相手の政党が「支持する」には及ばずとも、「政権担当能力がない」とまでは思っていないでしょう。著者も政権担当能力を問題視するような研究は二大政党制を確立してきた国では稀であると序章で認めています。

本書では安定的に特定政党に投票する有権者とは対照的に、その時々で投票先を変える有権者をスウィング・ボーターと呼び、このスウィング・ボーターこそが政権交代に決定的な役割を果たしたとして、そうした人々の属性や政策選好、自民党・旧民主党への評価の変遷に重点を置いて分析がなされております。その中で、「自民・旧民主双方に政権担当能力が認められた時代」に起こった現象として、極端なスウィング・ボーティングがあります。2009年の衆議院選挙で自民党に投じた有権者のうち、3割が2010年の参議院選挙では旧民主党に投じています。逆に、2009年に旧民主党に投じた有権者のうち3割も、2010年の参議院選挙では自民党に投じています。2010年の参議院選挙は自民党の大勝として語られることが多いのですが、得票数でいえば与野党は拮抗していましたし、また、スウィング・ボーターの奪い合いでも激戦だったわけです。本書で明言はされていませんが、このように、その時々で選択肢を「変えうる」という状況は「政権担当能力」があるとされている政党が2つ以上ないと不可能だということを著者は言いたいのでしょう。政権担当能力のある政党はどこか、という問いに対して「そのような政党はない」という回答が2014年の衆議院選挙後の調査からは激増し、それが棄権に繋がっているとの分析が第5章でなされるのもそういった著者の主張の現れなのだと思います。スウィング・ボーターにとって、いまや選択肢は自民党or棄権というわけです。

そして、政権担当能力への紐付きとして重要な要素が「政権の外交能力評価」であることが統計データを用いつつ強調されており、特に野党への警句として著者はこの主張を投げかけています。

以上がざっくりとした本論なのですが、本書では様々な統計データが示されており、個人的に興味深いものがいくつかありましたので、それらをピックアップして論じたいと思います。

まず、第2章で示されたスウィング・ボーターの属性です。2005年の衆議院選挙では自民党に投票し、2009年の衆議院選挙では旧民主党に投票した有権者がどのような属性をもっていたのか、という分析が第2章でなされており、社会経済的変数として職業、居住年数、転居経験、性別、教育程度、住居形態、世帯年収、年齢別、居住地の都市規模などが設定され、スウィングの有無についてクロス集計表分析でカイ自乗検定という手法が採られています。そして驚くべきことに、5%水準で有意だったのは転居経験と居住年数のみであり、他は有意ではなかったのです。転居経験が多く、居住年数が少ないほど自民党→旧民主党とスウィングしたわけですが、こうした頻繁に転居する有権者は地域固有利益よりもユニバーサルな利益を重視することは容易に想像できることであり、そういった有権者が自民党よりも旧民主党を選好するのは以前に紹介した「分裂と統合の日本政治」での分析とも一致します。そう考えると、現代日本にはあまり語られることのない転居派V.S.地元(東京含む)派の大きな対立があり、しかも、これは一般的に大きな対立項とされる、職業、性別、年収、学歴よりも大きな影響力を持っているのかもしれません(そういった要素は有意ではなかったので)。

また、(その手法に対する批判的意見があることを明示しながらも)有権者の政治に対する知識や関心についても調査が行われており、強固に自民党支持を続ける有権者にも、スウィングする有権者にも知識や関心面で差がないとした分析結果も注目に値するでしょう。近年、インターネット上(特にSNS)で自らの支持政党ではない政党を支持する人々の知性に対して懐疑的な発言が多くなっておりますが、そうした意見や見方に一石を投じる結果であると思います。

加えて、2009年の衆議院選挙で旧民主党に投票した有権者の政策選好も面白い結果となっております。一般的に旧民主党は(自民党よりも)格差問題に積極的でいわゆる「弱者」に対して手厚い政策を好んでいると言われます。しかし、旧民主党投票者は「福祉サービスが減っても税負担を軽減」や「格差問題には慎重に対応するべき」という態度が自民党投票者よりも強い傾向にあるという結果が得られています。旧民主党に投票した人が何らかの「変化」を望んでいるという仮定に立つとき、福祉と税の関係や格差問題へのアプローチについて、「現在の状況は過度に高負担高福祉であり、かつ、弱者に手厚すぎる」という認識だったわけです。40歳代以下にとっては維新の党が最も「革新的」な政党という調査結果もありますが、つまり、「保守的(いままで通り)」とは高福祉高負担(or中福祉中負担)・格差是正、「革新的(変化を望む)」とは低福祉低税率・格差容認というのが一定数の有権者の認識として存在し、そういった人々が「自民党は『保守的』で、『変化』をもたらす存在として旧民主党に投票」したのかもしれません。福祉水準の切り下げと減税、格差容認を望みつつ旧民主党に投票するロジックには不明瞭な面もありますが、そのあたりに現代日本の政治を上手く分析するヒントがあるのかもしれませんね。

最後になりますが、第6章では有権者の政策選好や価値観が安倍首相への好感度(感情温度)にどれほど影響を与えているかが示されます。集団的自衛権や憲法改正、愛国心については本稿読者の皆さんの想像通りではありますが、「私生活中心主義」と銘打たれた質問に対する答えの影響力が興味深いところ。「A. 国や社会のことにもっと目を向けるべきだ」「B. 個人の生活の充実をもっと重視すべきだ」のうち、Bを選ぶ人の方が安倍首相への感情温度は高い(=好意的)とのことです。有権者のこのような態度に安倍首相が上手く対処し続けられるかは注目点と言えるでしょう。

政治の見方が劇的に変わる、というわけではありませんが、優れたデータセットとして眺めて楽しい書籍ではあります。補論1でアンケート収集手法について自己批判的に検討しているのも好感が持てます。旧民主党政権前後の劇的な投票行動の変化に興味がある方は手に取ってみても良いのではないでしょうか。