アニメ業界で働く人々を描いたアニメ、「SHIROBAKO」の感想第2弾です。言いたいことが多すぎて一つの記事には纏められず。前回は主人公格の若い女性5人について書きましたので、今回は周囲を取り巻くベテラン勢に焦点を当てたいと思います。

美男美女・少年少女アニメだらけの中で、現実的に考えてしかるべき年齢の人達がしかるべき仕事をするこのアニメ。しかも、業界は軍隊でも特殊部隊でも農業でも宇宙○○でもなく、泥臭いアニメーション業界。他の作品とは一線を画す素晴らしい労働描写がこのSHIROBAKOの持ち味です。



あらすじ(第12話)

武蔵野アニメーションが7年ぶりに元請けとして手掛ける作品、「えくそだすっ!」。最終回の絵コンテは何とか仕上がったものの、それを完成品に導くための原画マンが圧倒的に足りない状況。

原画マンを探して必死に駆け回る宮森あおいだが、そう簡単に引き受けてくれる人はいない。特に問題になったのはラストシーン。大量の「馬」とともに主人公たちが警察の追っ手を逃れる場面だった。

「馬」をしっかり描ける原画マン。そんな人物はどこを探しても見当たらず、宮森あおいが最後に辿り着いたのが、「新世代アヴァンギャルドン」を手掛けた菅野監督。無謀だという忠告を振り切って菅野監督の自宅に飛びこんだ宮森だが、当然、仕事を引き受けてはもらえない。だが、菅野監督はある人物を推薦して.......。

〇感想

深夜アニメに関わらず、日本の漫画/アニメ作品は(美)少年(美)少女+あまり現実的ではない大人たちの組み合わせで進行することが多く、しかも、決定的な場面で必ず圧倒的な力を発揮するのは少年少女であるというパターンばかりです。ハリウッド映画ではたとえヒーローものであっても(スパイダーマン、バットマンなど)中年の男性/女性が大きな力を持って活躍することが多いのとは対照的な形になっています。

そんな中で、このSHIROBAKOは、多くの作品が無視しがちな側面につき現実に忠実です。それは、「ベテランほど実力がある」というものです。「あらすじ」で記した、ベテラン原画マンである杉江さんがここ一番で圧倒的な実力を見せて作品が完成し大逆転という展開もそうですが、監督にしろ演出にしろ年齢逆転はほとんど見られず。相応の年齢の人(つまりおっさん)が相応のポジションを占めています。

これにより、物語全体のリアリティが上がるのはもちろんのこと、アニメではあまり描かれることのない壮年・中年の人物が抱く悩みや葛藤がストーリーの柱の一つになるわけです。前作「ぷるんぷるん天国」で伝説的な現場崩壊をさせてしまった木下監督は6年ぶりにようやくTVアニメシリーズ復帰ですし、その間に離婚も経験していて、いつまでも前妻に未練たらたらです。杉江さんも「最近のアニメにはついていけない(しその必要もない)」「自分のようなロートルには若い人のあいだで居場所がない」「自分は孤高の職人なんだ」という意地とプライドに凝り固まってしまった考え方から現場に馴染めない日々が続いていました。後輩への指導も言葉遣いのために上手くいかない、というのが胸にきます。世代なんて5歳も離れていればもう別の世界を生きてきた人間なのに、孫世代に教えるなんてとても順調にこなせるものではありません。「高齢有能キャラが出てきて颯爽と若手を指導する」ような描写しかできない作品の浅さとは対照的です。原画の遠藤さんなんかも良い味を出していて、自分が担当するはずだった重要なシーンを手書きではなく3DCGで描く方向で話が進みかけ、3DCGなど認めないと自分の信念を貫いて帰宅するのですが、妻から早く帰ってきた理由を問われて素直にその事情を話せないんですよね。自分のプライドに頑固なのは「自分映え」するかもしれませんが、女性(妻)映え・家族映えはしない。そのことに自覚的なのだけれど、だからといって簡単に己を曲げられない。大人になったって、人間、そういう部分は幼稚なままなんですよね。そこをギャグにせずシリアスに描いていることで「仕事とは」「職場とは」というこの作品のテーマが上手く掘り下げられています。

女性キャラクターでもこういった悩みが上手く描かれていて、作品中で典型的なのが小笠原さんですよね。有能作画監督/原画マンなのですが、いつもゴスロリ服を着ていて、社内でも「ゴスロリ様」と呼ばれている。なぜそのような服を着るのか。それは、自分を守るため。かつてキャラクターデザインの仕事を行ったとき、抽象的な理由で却下され続け、精神的に追い詰められた。そんなとき、その作品の主人公が着ていたゴスロリ服を纏うことで精神を保った。いわゆる「別の人格を作る」という心の防衛方法ですね。いま詰られ貶されている自分は本当の自分ではなく、仮初の別人格。精神が窮地に立たされた時、そう思いこむことで人間は自分の心を守ります。社内で杉江さんを除けば最も有能な原画マンである小笠原さんもそういった場面を乗り切ってきたし、いまでも心の余裕をもって仕事をしているわけではない。仕事をするには誰もが「仮面」を必要としている。そんなサラリーマン精神が示されるのです。そして、それが明らかになることで、不安を抱えていた後輩原画マンの井口さんや安原絵麻の気持ちも和らぐ。本当はそういった労働環境自体が変わらなければならないのでしょうけど、「他人も苦労していて、尋常ならざる精神コントロールで事態を乗りきったんだ。自分だけがおかしいわけじゃないんだ」と自分に言い聞かせながら仕事をこなさなければならないリアルもここにあります。一見、「極端な造形の深夜アニメキャラクター」に見せかけておいて、実はそこに私たちの現実を落とすという手法は見事ですね。
いつか、小笠原さんがゴスロリを卒業できる日が来るのを願うばかりです。

また、そうした悩み/葛藤だけでなく、作品に注ぐ熱さというものもこういったベテラン勢から発揮されます。監督が出した
「えくそだすっ!」最終回絵コンテの作画が大変すぎるとして却下しようとする渡辺プロデューサーに対し、本田さんが「最終回で妥協したらいままでの苦労の意味はない」と熱弁を振るうところはジーンと来ます。制作が遅れると一番困る、スケジュールを管理するべきデスクという立場の人間がスケジュールよりもクオリティだと主張するからこそ胸を衝きます。加えて、派手なシーンではありませんが、美術の仕事をその道のプロである渥美さんに頼むとき、作品のイメージを木下監督が熱く渥美さんに伝えるのも胸が熱くなる好シーンです。木下監督は交渉事が下手で、新人の宮森あおいが渥美さんへの依頼のイニシアチブをとっているのは監督として情けない状況でしょう。そんな監督が、作品のイメージを伝えるときだけは明瞭な言葉で語る。アニメ制作をやめられない人なんだ、という人物造形がよく伝わってきます。「第3飛行少女隊」では外部のベテランに仕事を頼むことが多くなることで、演出の池谷さんや美術の小倉さんなど、職人たちの仕事に対するスタンスがいい味を出します。木下監督や武蔵野アニメーション自体が過去の失敗から干されてきた期間が長いこともあり、プロジェクトXやガイアの夜明けのような風格さえ感じさせる作品になっています。

その他にも、これは中年以上のクリエイターの感覚ではないか、と思ったのが、今井みどりが女子校における仲直りの仕方(蒸しパンどう?)の話をした直後から著名ライターである舞茸さんの今井みどりへの接し方が変わったところです。脚本家志望で積極的に舞茸さんからのアドバイスを得ようと(弟子入りしようと)頑張る今井みどりですが、「課題を与えてやるから持ってこい」に留まる関係。それが一点、「ディーゼル(=今井みどりの愛称)さん、この時の会話書いてみて」となるわけです。やはり女子校での仲直りの方法トークがきかっけでしょう。監督を含む制作陣が「女性同士の関係オンチ」であることは会議の場で示されており、そこで、自分は知らなかった女子校における心情の機微を話してくれた今井みどり。舞茸さんも、自分がさらに成長する機会だと感じたのではないでしょうか。本当に有能な人材とはいつでも貪欲に成長機会を探しているもので、そういった口に出さない情熱をあっさりと描いてしまうのはこの作品のいいところですね。

職場の男女同数感といい、年齢構成といい、近年のアニメではなかなかない全体のキャラクター配置。特殊部隊等を舞台にしたハードボイルドものならばあり得ることでしたが、普通の会社という設定で、美男美女祭りにせず職場を表現した作品がいくつあるでしょう。SHIROBAKOにおける、実在の人物をモデルにしたキャラクターデザインが奏功しています。深夜アニメ独特の服のダサさもここではリアリティに貢献しているのではないでしょうか。決してハードボイルドなかっこよさを持たないけれども、めちゃくちゃダメな大人ってわけでもない。そんな普通の人々が織り成す情熱的な物語。いつでも誰にでも作れるようで、その実、なかなかない作品で、クオリティは傑出しています。本当にこんなアニメばかりになれば世界にどんどん通用していけるようになるのになと思う気持ちを表明して(ハリウッド映画ではお仕事映画が多いですよね。キャリアウーマンの人生選択の葛藤を描いたり、ウォールストリートで成功する話だったり)、その②を終わりたいと思います。次回はもちろん、その③です。