挫折と葛藤を抱えた高校生たちの再生を描く青春生徒会物語の第5巻。「元野球少年が過ごす、野球のない夏」がこの第5巻の帯キャッチコピーでして、甲子園の応援から夏祭りまで、全編夏休みの生活が描かれています。第4巻の感想はこちら。

ぎりぎり星3つをつけましたが、「このままベタなラブコメに成り下がらないで欲しい」というのが本音のところ。やや登場人物が物語の道具になっている(いわゆる「キャラクター」になってしまっている)ところがあり、この作品らしさが徐々に失われてきているのではないかと危惧しています。



〇あらすじ

松武(※)野球部の夏は甲子園埼玉予選決勝で幕を閉じ、同時に、生徒会執行部として応援部会をサポートする活動も終了する。そんな中、応援の片付けのため段ボールを運んでいた烏谷は、スタンドの奥で泣き腫らす一人の女子生徒を発見する。彼女の名前は仲里なつみ。通称ナカナツ。烏谷と同じ情報コースの生徒。ここでの会話をきっかけに、翌日、烏谷はナカナツと出かけることになる。

一方、ファーストフード店では三春と幸が昼食を共にしていた。学校行事についての何気ない会話から、話題は烏谷のことに。幸が烏谷への恋心をほのめかしかけたその時、ウィンドウ越しに見えたのは女子と歩く烏谷の姿。

合宿・プール・夏祭り。夏のイベントの嵐の中で、幸と烏谷の運命やいかに.......。

※物語の舞台となる「私立松栢学院大付属武蔵第一高校」の略。「文・武・楽」がモットーで、行事が盛ん。一つの学年の中でも偏差値順に「選抜」「特進」「情報」とコースが分かれている。


〇感想

意外や意外という感じです。第5巻はこれまでとはうって変わって全編ラブコメ基調となっており、最後には烏谷が事実上、幸に告白します。これがちょっと急展開すぎてついていけませんでした。あらすじで紹介した通り、ナカナツという女子生徒が烏谷に積極的にアピールするのですが、それが露骨に「ラブコメ漫画の当て馬」というべきキャラクターで、この漫画の良さを減じてしまっています。作中で三春が言うように「カジュアルに男子と仲良くするタイプ」であっても、水着で胸を強調しながら「ほれほれー」としてしまえば、それはあまりにも「漫画のキャラクター」すぎます。あくまでそのような行動をさせず、現実と「漫画的」のあいだで上手くバランスを取りながら、中途半端さ、生々しさ、至らなさ、未熟さが描かれているのがこの作品の良さであったのに、やや台無しといった印象。

しかも、このナカナツは中盤で都合よく「幸を応援する」立場にまわります。実は(プールに一緒に来た)宇賀神が狙いということだったのかもしれませんが、これではドラマがありません。もし、少しでも烏谷にアピールする登場人物を出すのならば、下手にコメディ風に逃げず、そこでもひりひりするような心理の波を描き出したり、幸とナカナツとの会話に良い「間」を入れて微妙な鞘当てだったり切ない交流を表現するなど、この「1518!」らしさがある方法はいくらでもあったはずです。それは烏谷と野球との訣別に約3.5巻使ったように、じっくり描いても良かったはずです。

もちろん、「1518!」らしさというのは本源的に作者の中にあるものですから、とやかく言うべきではないのかもしれません。しかし、分かりやすい当て馬を出してそれがメインの登場人物にとって都合よく動き、結果として決まりきった二人が結ばれるといった、ファンタジーな妄想に媚びるような展開を目指して描いているような漫画でないことは第1巻の出だしから明らかなはずで、この第5巻ではそこから蓄積してきた期待をやや裏切られた印象です。

また、ここで事実上の告白をしてしまうのも早すぎる気がします。露骨な盛り上がりどころを作らないと連載を続けられないのではないかと邪推してしまうくらいです。普通のラブコメならばこれを卒業までとっていてもおかしくないくらいですし、リアル志向としても、もう少し二人の交流を描き、「もう告白していいかな、まだかな」といった葛藤や、「~したら嫌われないだろうか」という過剰に意識してしまう気持ちを描写してみるなど、まだまだやるべきことはあったはずです。もちろん、読者は幸と公志郎が結ばれることは分かっています。けれども、この二人はそんな「作者や読者の視点」「漫画におけるベタな展開」などもちろん知りません。作品の登場人物なのですから。だから、まるで現実で恋をしているように、近すぎるがゆえの諍いなどもあったりして、読者を「もしかしたら上手くいかないんじゃないか」とはらはらさせて欲しいのです。第5巻での異様な急展開は、いわば、「最初から合体ロボに乗って必殺技を連発しながら敵を蹴散らす」戦隊ヒーローのようなものであり、「もしかしたら負けるかも」「街は(地球は)どうなってしまうんだろう」という緊張が一切ないわけです。最終的に悪役が倒されて地球が救われることは分かっています。分かっているけれども、その過程における苦戦やドラマを楽しみにして視聴者/読者は見ているのです。作者からすれば、この5巻を描くのに6ヶ月かけているので「ようやく」という感じでしょうが、読者からすれば、作中では8月の1ヶ月を描いているに過ぎないですし、読破するのに使う時間は長くて1時間でしょう。そのあたりの感覚がややズレてしまっている気がします。

ところで、このように二人の関係を「確定」させてしまった矢先、これからの展開はどうするつもりなのでしょう。この二人の恋愛物語もまた「1518!」の軸の一つであることは初期設定から明らかでありますが、このままでは緊張感が半減です。二人のあいだに亀裂を入れるような構成を作者である相田さんは用意しているのでしょうか。そうだとしたら、良い意味で恐ろしいものです。


これだけ難じる点があるとはいえ、星3つをつけるからにはまだまだこの作品ならではの良い点も散見されました。まず、幸と三春がファーストフード店でお喋りをしている場面。成績上位者だけが参加できるサマーキャンプの参加資格を幸が得たと語るのに対し、「私、ろくに勉強しないでひとをうらやむ子嫌いだから」と三春に言わせるのが作者の素晴らしい技量ですね。これを声に出して言わせることで、三春を「素敵な大人のお姉さん」にせず、高校生らしさを演出できています。勉強ができてしっかり者で容姿が良い人物を、それでもなお「漫画の登場人物」ではなく等身大の高校生に近づける。それこそ、この作品が魅せつけてくれる生々しさ、人間ドラマとして胸に迫る側面なのです。

また、前の感想からの繰り返しになりますが、烏谷が実家の農業を手伝う場面など、家庭や仕事を逃げずに書くこともこの作品の良い特徴です。「学園もの」なら学校だけ、「職業もの」なら仕事だけ、「家庭もの」なら家庭だけ、という漫画が多い中、学校、家庭、仕事について主人公たちを取り巻くあらゆる大人/子供たちの生活が描写されていることが、漫画にリアリティや立体感を与え、この登場人物たちは「生きている」のだという雰囲気を与えています。人生には、学校があり、家庭があり、仕事があり、それも均等にではなく、その時々のバランスで存在しています。それらを丁度良い塩梅の割合や重みづけで描くからこそ、登場人物に生活感が生まれ、フィクションでありながら、息づかいが聞こえてくるような、まるで実在するかのような印象を読者に与え、作品の迫真性を増しています。象徴的なのが、烏谷の「丸山さんは立派な大学に行くんだから農家になんかならねぇよ」という台詞に見られるバランス感覚であり、農業を神格化もせず見下しもせず、農家の息子の高校生としての等身大の意見とするのに極めて適切な言葉選びがなされています。


安易なラブコメに走らず、良い部分を活かしながらじっくり展開して欲しい。そう願いながら次巻を楽しみにするばかりです。